コインロッカーベイビーズ

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コインロッカーに遺棄され、奇跡的に命を取り留めた二人の赤ん坊。
そして、17歳になったそのコインロッカーベイビーズが、
東京に「ダチュラ」と呼ばれる細菌科学兵器をばらまくまでを描いた
村上龍のサイバーパンク小説だ。

初版が1980年、初めて読んだのはもう34年も前。
高校1年のときだ。

映画化の話もあったように記憶していたのだが、
そういえば立ち消えしたな。
とにかく大興奮して読んだことを憶えている。

最近、三池崇史によって映画化された同じく村上龍原作の『オーディション』が、
ハリウッドでリメイクされるとか伝わる噂話とはまったく関係がなく
単に書店で新装幀版があるのを見かけて、懐かしくて買ってしまった。

話は逸れるが、いまでも本は新刊をハードカバーで買って読むことが多いが、
最近は昔ハードカバーで読んだ本を、文庫で買い直して改めて読むことが多くなった。
ビジネス書は新刊の情報が次々に届くので困らないのだが、
小説の方はと言うと、新書を探すのにすっかり疲れている私だ。

しかも、近ごろは同じ村上でも春樹の方にすっかり傾倒してしまっている私なので、
いま改めて“龍"の方を読んでみると、当時とはずいぶん違っているように感じた。
もちろん内容に関して加筆された部分はないはずなので、
物語や文章はまったく変わってはいないのに、
読み終わってひどい疲労感に見舞われてしまった。

あの頃は、登場人物達が放つ、平衡感覚を失ったかのような、
まさに五感を揺さぶるその刺激的な言葉に恍惚とし、強い興奮さえ感じたものだが、
今では逆に、軽い疲労感さえ伴うようになってしまった。

やはり、刺激に満ちていたあの頃の村上龍を読むには、
読み手にもっと元気が必要なのだろう。

つい3日ほど前にも熊本の赤ちゃんポストに男児が遺棄されたニュースがあったが、
乳児への虐待や、胎児の死体遺棄のニュースは、今も変わらずなくならない。
でも、コインロッカーに生んだばかりの赤ん坊を生きたまま遺棄するなんて話、
最近はあまり聞かないので、
今さらにこの題名自体もさほど刺激的ではないのかもしれない。

それでもコインロッカーというコンビニエントでいてとても閉鎖的な、
現代社会を象徴するような空間に遺棄された子供を主役に据えたプロットは、
間違いなくあの頃の強烈なタブーのひとつであったことに間違いはない。

そんなタブーから目を逸らそうとしていることに気づくと、
自分を膜のように覆って視界を奪う「何か」を破壊しようとするキクに
あれほど共感した私が、すっかりその「何か」になってしまったように感じられて
尚のこと悲しい。
  
ちょっと弱ってるなオレ。とかセンチな気分も頭をもたげる
562ページのタイムスリップでした。

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2014.10.07 | コメント(0) | トラックバック(0) |

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埼玉のへそ曲がり

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