アイルトン・セナ 没後20年

number_senna.jpg

あの日からもう20年なんだね。

スポーツだけをとっても、この20年で、世界で活躍する日本人は増えた。
その一人ひとりの活躍に、その時々の自分自身の思い出が紐づいて思い出される。

経済でもそうだ。
セナがホンダと組んでチャンピオンになったとき、
まさにこの国はバブルの絶頂を迎えていた。

今ではお隣の国にさえも見下されるようになってしまったこの国だが、
当時は世界から「ジャパンバッシング」なんていう、
今にしてみれば褒め言葉まで戴いていた。

当のF1でも「ホンダつぶし」ともとれるレギュレーションの変更まで行われたが
それでもセナとホンダは勝ち続けた。

少なくとも私は、たとえそれが
ノーラン・ライアンでも、
ニキ・ラウダでも、
フレディ・スペンサーでも、
マイケル・ジョーダンでも、
ディエゴ・マラドーナでも、
ミハイル・ゴルバチョフでも、
マザー・テレサであっても、

松井秀喜や、
中田英寿や、
中村修二や、
山中伸弥や、
原田哲也や、
浅田真央や、
中嶋悟など、
日本人の活躍ほどには思い入れることなどできない。

もちろん、セナは日本人ではない。
それでもこれだけ思い入れが深いのはやはり、
彼自身もヨーロッパという権威主義と戦っていたからに他ならない。
まさにセナは盟友、つまりは我々にとって大切な友人なのだ。

senna_number-3.jpg

それと、彼がいつも浮かべている、その物憂げな表情も、
常に自己に打ち克つことを旨とする、
私たち日本人の古くからのメンタリティを刺激したように思う。

senna_number-2.jpg

そして、『ナンバー852』の27ページ。

にじみ出るような孤独を湛えたその瞳から、
ついに視線を逸らすことができなくなってしまった。
(是非クリックして拡大画像でその目と合わせてもらいたい)

セナは今も私の大事な何かを代表している存在だと悟らされた。
だから私にとって、セナは思い出では決してない。

senna_honda.jpg

きっと今頃は本田宗一郎さんと一緒にいるんだろう。
いや、いて欲しいな。と、そんなふうに思える唯一の外国人かもしれない。

関連記事
スポンサーサイト

テーマ:F1全般 - ジャンル:車・バイク

2014.05.29 | コメント(0) | トラックバック(0) | 徒然

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

FC2Ad

プロフィール

埼玉のへそ曲がり

Author:埼玉のへそ曲がり
オートバイと
スノーボード。
近ごろ波乗り。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR