新谷暁生『北の山河抄』

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佐々木勝巳さんにチセをガイドしてもらった帰り、
佐々木さんがすーっとクルマの速度を緩め窓を開けると「チワー!」と
すれ違う御仁に挨拶をされていた。
新谷暁生さんだった。

新谷暁生さんの『北の山河抄』を読んだ。
内容的には今まで読んだ作品と重複する部分も見受けられるが、
総集編のように読めて、私は楽しかった。

冒険。

冒険の定義は私にはわからないが、
非日常なんて、ありきたりな境界線を除いても
人ぞれぞれに、それぞれのレベルで、自身の好奇心を満たす行為であれば、
冒険と言って差し支えないのではなかろうか。と、私は思うが
そんな冒険の安売りに繋がるアウトドアブームに警鐘を鳴らす新谷さんなので、
きっとそれには該当しないのかもしれない。

まあ、それがどんな呼び名でも構わないのだが、
新谷さんの経験してきたことと、私のしていることが、
その規模は大きく違えど同じ軸線上にあるものだと信じたい。

と、とにかく新谷さんの本は、いつもそんな心のどこかに眠る
私の冒険心というやつを刺激してくれる。

それと、新谷さんは、知識と経験について、どの本でも語られている。

これは自然と対峙する山行に限らず、
現代社会を生きる上でも当てはまると思う。
特に、ネットからあらゆる情報と知識を得られる現代において、
自身の肌で感じることで、模索し獲得していく経験量が減っていることが
果たして本当に「効率的」なのかどうか、考えさせられる。

安易に「検索」などぜずに、自分で解決法を「模索」し、
時には先人が犯した失敗を、あえて繰り返してみることもまた
大切なことだと、新谷さんの本から学ばされる。

そして、道具の進化は必ずしも「スポーツ的ではない」と語り
いつも物欲に溺れっぱなしの私を、少なからず反省させてくれる。


本文中新谷さんは、
現代は「多様な価値観」という言葉で、
本当に価値のあるものが退けられる時代のように思う。

と書いている。私も同感だ。

他人のためになること、他人に認められること以外に、
人間の存在理由はない。
自身の生の意義を測る上で、そのような価値観の分散はとても悲惨なことだ。
その末路は自分勝手な「他人には分からない」という安易な結末を迎え
場合によってそれは社会を拒絶することに繋がっていく。

人間が成し得る価値あることとは、そんなに多くあるとは私には思えない。
重箱の隅をつついて、価値を増やすことを考えるより
本質を見極めることの方が大切なのだと思う。
そこで輝くことは難しくても、それに挑戦する悦びは、容易く得られるはずだ。
 

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2014.04.17 | コメント(3) | トラックバック(0) | 徒然

コメント

ヒラフのコースに名前が付くレジェンドですものね

ウッドペッカーズに泊まって色々話聞いて楽しかったのを思い出します

2014-04-17 木 12:44:33 | URL | T∀2 #- [ 編集 ]

T∀2さん
ウッドペッカーズ泊まったことあるんだ〜いいなあ〜

2014-04-17 木 15:06:42 | URL | 埼玉のへそ曲がり #- [ 編集 ]

3度ほど
飯の量が半端なく多いんですけど
メッチャ美味しくて食べれてしまう
また行きたいな 来季は行きたいな

2014-04-17 木 16:06:06 | URL | T∀2 #- [ 編集 ]

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