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山女日記

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ポイズンドーター・ホーリーマザー』で
その仄暗い世界観に今頃になってハマってしまった湊かなえの小説ですが、
すでに多くの作品が発表されており、
これからしばらくは次に何を読むかで悩むことはなさそうだ。

(ただ、本屋であれやこれやと物色している時間も嫌いではないので、
 それはそれで良いのか悪いのかは考え方による)

前にも書いたが、湊かなえの小説のもつ陰鬱な暗さに惹かれたので、
次に読む作品も、もちろんめっぽう暗いのを。と思っていたのですが、
作者別に並べられた湊かなえの棚を行ったり来たりしながら、
目にとまったのは、意外にも短編集の『山女日記』であった。

相変わらず他人(特に女性)を見つめるその観察眼は鋭いままではありますが、
今作はどこにも陰鬱な部分は見受けられない。
むしろどこまでも爽やかな心温まる物語たちが紡がれている。

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「妙高山」
「火打山」
「槍ヶ岳」
「利尻山」
「白馬岳」
「金時山」

と、各話に付けられた山の名前は、
山好きなら一度は聞いたことがある山の名前ばかりだ。

でも、それらは舞台装置として想像しやすくするためのギミックでしかなくて、
読む者に「その山に登ってみたい」と思わせるような描写もなくはないが、
山や観光地を紹介するような文面にはほとんどなっていない。
だからこの小説ではその題名にそぐわず、それらはあくまでも背景でしかない。

描かれるのは、様々な悩みや課題を抱えた女性たちが、
雨が降ったり、霧がかかって景色が見えなかったり、
インスタントコーヒーが泣きたくなるくらい美味しかったり、
道具の大切さを地上にいるとき以上に感じられたりしてしまう
山という場所だからこそ向き合える、自分自身と真正面に対峙する姿だ。

結婚、不倫、友情、同僚、姉妹、親子、夫婦、そして過去と未来。

「来なければよかった」と、
後悔を伴うような苦しい山行の果てに、
気持ちの良い景色や、美味しい山小屋の食事に出会うように、
山頂までの行程で後悔や反省、自身の中で渦巻く疑念に関して逡巡し、
その先に希望というゴールを経て、人々は下山していく。

その逡巡の道筋に、湊かなえにしか見つけることのできない、
小さいけれど、決して捨て置くことのできない、
一人ひとりが抱える重荷が浮き彫りになります。

そして、今作でもそれらの逡巡が、決して他人だけのものではなく、
読む者一人ひとりに(男であっても)思い当たるものばかりで、
身につまされながらも、自身も答を見つけられるのではないかと
読み手にも希望が与えられます。

山ガールなんて言うと、イメージ先行の軽薄なブームにも見えかねませんが、
山と無関係に都会で暮らす女性たちが山を目指しはじめたのは、
そんな山の持つ浄化作用に、女性ならではの感受性が
自然と反応した結果なのだろうと、これを読んで思いました。

(今いる場所よりも標高の低い目的地の山頂を眺めながら)
「上を目指すのに、下を見ながら言うのって、おかしいと思いませんか」
「なるほど。でも、目的地は過去の中にあるのかもしれません」

かつて20歳そこそこでバブル経済に翻弄され、
その後の20年をそのときの価値感でしか生きられなかった
「バブルの残骸をまとった」女性が、
その呪縛から解放され、本当の自分自身に出会う「火打山」の話が
私は中でも一番好きです。

「火打山」はご存じの通り「妙高山」のお隣の山。
実はこの話は前話の「妙高山」と続きになっていて、
主人公は代わるが、登場人物もクロスオーバーしている。
つまり、登場人物たちは“縦走”している。
山は舞台の背景でしかないと言いましたが、
そんな山好きを喜ばせる仕掛けも散りばめられていて、
湊かなえという人がかなりの山好きであることが伺える。

山好きの人に悪い人は(たぶん)いない。

そんな人にあんな仄暗い世界が描けるのかと思うと
余計にこの人に興味が沸いてきた。

というわけで、次はいよいよイヤミスの女王、
湊かなえワールド全開の『ユートピア』を読まないとなりません。
  

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テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

2018.11.08 | コメント(0) | トラックバック(0) |

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オートバイと
スノーボード。
近ごろ波乗り。

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