セッション

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『セッション』観ました。

原題は『WHIPLASH』といってジャズの曲名でもあるのだそうですが、
直訳すると「鞭で打つ」と言う意味。要は “シゴキ” ですね。
イマ風に言うと「ハラスメント」とも言います。

少し前にも高校野球か何かで体罰に関して、かなり問題になりましたね。

体罰や、浴びせかける罵詈雑言によって、
果たしてその対象者が精神的に強くなったり、
更なる高みを目指したりするのか?

私は根性論真っ盛りの世代なので、
中・高と部活動でもかなりヤラレたクチです。

そもそもかなり悪い部類に属する学生でしたので、
部活動以外でも普通に教師に職員室の前で正座させられたり、立たされたり、
みんなの前で殴られたりは日常茶飯事。
要は、体罰や悪口くらいではまったく懲りないタイプだったし、
子供ながらにも、そんなことでヘコんでいたら生きていけないような時代でした。

という時代と地方で生きた人間なので、
『WHIPLASH』を『セッション』と改名したことに
一方ならぬ違和感を感じてしまいました。

作った側は『体罰』に関して述べていて、
日本人の誰かはそれを『交わすことで高め合う』ことを描いた作品として
売り出そうとしていると感じたわけです。

しかして、
実際はそのどちらでもありませんでした。

そりゃあやり過ぎだろ?という(まじで)目を背けたくなるような
“指導” がコレでもかと続き、被害者意識を観る者に強く植え付けてしまうが、
その指導を受けている側もその間ちょいちょい朝寝坊や、
音楽の最高峰の大学に通っているという自負心を隠そうともせず、
音楽のためだと言って、ガールフレンドに酷い仕打ちを与えるような
強すぎる自意識を持つ、実はとんでもない勘違い野郎で、
実は「どっちもどっち」であることが描かれている。

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だから、マメを潰して血だらけになってドラムを叩き続ける主人公や
その息子を必至になって大切にしようとする父親の姿や、

「チャーリー・パーカーはジョー・ジョーンズにシンバルを投げられ、
 観客から笑われながらステージを降りた。
 もしあの時にシンバルを投げられてなかったら、
 我々の知っているのあの“バード” は生まれていない」

という師匠のセリフが示す価値観のいずれかに偏って、
それを鵜呑みにしてしまうのは危険だし、もったいない。

これは部下を持つ一人の社会人として常々思うことだが、
厳しい態度や発言が、前向きに必要な人間は、間違いなく“いる”。
正確に言うと「いた」。

強すぎる自負心と自尊心が、その人間の成長の足かせになっていて、
それをなくすためにも、自分自身を客観的に見つめさせる必要のある人間は
確かにいる(いた)。

逆に言うと、そういった指導方法が効果的な人間、
指導し甲斐のある人間がいなければ、
そういった指導者の「思い」は決して成就しないのだ。

(そして、数少ない指導し甲斐のある才能ある人間の中の一人が
 劇中交通事故で亡くなったことを告げられるシーンがある)

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長い間、そういった「相手」を探し求めた男と、
強すぎた自分の野心を腹に据えかねた男が出会ったとき、
反発するが故に、憎しみや悲しみといった醜くも最大にすさまじい憎悪という
エネルギーがぶつかり合って、共鳴する姿がラストの9分間に一気に炸裂する。

そして、そうした剥き出しの感情こそ、
最高の『ジャムセッション』を生み出すのであり、
それこそがジャスの神髄であると作者は語りたいのだと私は思う。

とか、さも分かったふうに偉そうに言ってますが、
私は音楽のことはさっぱり解さない人間だ。
そんな私でも十二分に分厚い人間ドラマとして観ることが出来たので
ジャズのことが分からないからと敬遠している方にも是非観て欲しい作品です。
  

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2015.09.25 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

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