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半島を出よ

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カーラジオや、たまたま入った喫茶店の有線放送など、
ふとしたきっかけで聴いた懐メロに、思わずハマってしまうことがよくあるが、
たいして読書家でもない私でも、音楽と同じように
久しぶりに読み返したくなる小説がある。

コインロッカーベイビーズ』を読み終わった私は、
そのままの勢いで同じ村上龍の『半島を出よ』を読み返したくなった。

勢いという割には、上下巻読み終えるのに半年近くかかってしまった。
もちろん忙しいスノーシーズンに突入してしまったことが大きいが、
さして読書に飢えていたわけでもないということもある。

ただ、新刊であればどんなに忙しくても寝る間を惜しんで読み進んでしまうので、
暇なときに1〜2ページずつ読み進めるのもまた、読み返し本のいいところだ。


『半島を出よ』の初版は2005年。ちょうど10年前だ。
ただ、おっさんにとっての10年には、すでに大した意味はない。
10年前と言えども、今とさほども変わりがないからだ。

さておき、今作は近未来の日本を舞台に描かれているのだが、10年前に書かれた
この小説の舞台となる日本の時代背景は、失業率も10%に届こうかという
経済的に大きな破綻を迎えていて、それ故すっかり国際社会からの信用を
失っているという設定になっており、10年後の今に当てはめても近未来の設定だ。

そんな時代、「高麗(コリョ)遠征軍」を名乗る北朝鮮のコマンド数名が、
プロ野球公式戦最中の福岡ドームを武力占拠する。
数万人の観客を人質に、北朝鮮から数百人規模の戦闘員を乗せた
数十機に及ぶ輸送機への攻撃禁止を取り付け
そうして福岡に突如として北朝鮮の一個師団が飛来するが、
日本政府はあっさりと九州を封鎖して、九州の人々を切り捨ててしまう。
日本にそういった国内で起こったテロ行為に関するマニュアルもなく、
反撃に出るような度胸も経験もない。
もちろん即座にアメリカに支援を申し出るが、すでに日米関係は冷え切っていて、
北朝鮮側が「福岡に上陸したのは “反逆者" なので、煮るなり焼くなりご自由に」
との声明を出したことで、尚のこと中国を含めたアジア各国も
「日本国内の問題である」と、日本と九州を突き放してしまう。

そうしている間に北朝鮮から数万人規模の新たな “反逆者達" を乗せた
多数の艦船が福岡に向け出港されたことが確認され、
もし船団に乗った数万人の兵士達が九州に上陸すれば、
九州は確実にその全土を高麗遠征軍に統治されてしまう。

言ったように、日本政府をはじめ自衛隊も、警察も、
関門海峡を封鎖する以外にまったく機能できず、
日本の排他的経済水域に入っても尚航行を続ける北朝鮮艦船に
攻撃を仕掛けるようなこともでない。
しかし、あと1日足らずで船団が福岡に到着するという段になって、
とんでもない連中が、まさにとんでもない行動を起こす・・・

この「とんでもない連中」というのが、
村上龍の『昭和歌謡大全集』で、調布一帯を核爆弾で廃墟にした
ノブエとイシハラ率いる一派。
『昭和歌謡大全集』は、悪い冗談のような良く言えばファンタジーだったので
それと関連のある小説だと書くとガッカリされてしまう方もいるかもしれない。

でも、もはや九州を見捨てる以外に為す術のない日本政府の木偶の坊さ加減と、
そんな偏った見識しか示す事の出来ない社会に適合できずに
幼少時代に数多の殺人を犯してしまった若者達、
そして根深い貧困に晒されながらも強い忠誠心を抱くことでしか
生きる意味を見いだせない北朝鮮コマンドとの間に生まれる
悲しいほどのコントラストが、なんとも痛烈な批判を現代社会に投げかけていて
ファンタジーのような “悪ノリ" は今作ではすっかり影を潜めています。

そして最後に迎えるカタルシスのある結末には心底スカッとさせられ、
今作はエンターテインメントとしても楽しめる内容になっています。

そして、退廃した北朝鮮の内情を含め、高麗遠征軍の人間像も
深く描かれることによって、スカッとさせられながらも、
単純な勧善懲悪の世界観にはなってはいないところも見所です。

装幀にある、福岡の衛星写真の上に描かれているのは
「ヤドクガエル」という低地の熱帯性雨林などに生息し
中には猛毒を分泌する種類も存在するという特殊なカエルで、
登場人物の一人が飼育しているという設定で登場する。

このヤドクガエルは、生息地を変えると毒性が失われるという特性がある。

このヤドクガエルの特性を、
異様なほどの忠誠心と、信じられないような過酷な訓練によって鍛え上げられた
北朝鮮の屈強な兵士達になぞらえている点が、
今作で私が一番興味を持った部分。

村上龍はこの時期書かれたエッセイの中で、
北朝鮮の人民は、チョコレートの存在自体を知らされていないので
チョコレートを食べられる層と、食べられない層という格差すら
そもそも実感することすらできない。と、書いています。
戦後日本の「Give me chocolate」の話を思い出すまでもなく、
極度な貧困と、西側諸国の情報が一切閉ざされた厳格な情報統制に晒されてきた
北朝鮮兵士達が、侵略した福岡でそれまで知らされることのなかった
様々な “文明" に出会うことで、情報から隔離されてきたからこそ
一糸乱れぬ統制が執れていたのだということが示唆される展開が、
中でも興味深い部分でした。

今作の前に村上龍は『希望の国のエクソダス』という、
強いカリスマ性をもつ天才少年ハッカーが、少年少女達をまとめあげ、
社会を悪い意味で牛耳っている大人達から遠く離れた北海道に、
自分たちにとっての理想郷を創るという小説を書いています。
その『希望の国のエクソダス』の中でも、まるでBIT COINのような
独自通貨をその少年達が暮らすコミューンの中で使いはじめるなど、
経済的な側面から物語のディテールを描く作風が見てとれます。
この『半島を出よ』でも失業率が10%超に届くことで、
北朝鮮側の統治作戦が展開しやすくなっていることを説明していて、
経済力と国際競争力の関係性も物語のエッセンスとなっています。

経済の問題以外にも、エクソダスと題名にもある通り、
北海道への「脱出」というバックグラウンドと、
半島を出るという今作のテーマに共通点が見られ
そちらも続けて読まれると尚面白いと思います。

最近すっかり新作を書かなくなってしまった村上龍ですが、
良い頃の村上龍、あなたも暇つぶしにおひとつ、いかがでしょうか?
  

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テーマ:読んだ本の感想等 - ジャンル:小説・文学

2015.05.26 | コメント(3) | トラックバック(0) |

コメント

「69sixty-nine」を高校の頃に読んで、それを数年前に読み返しました。
それと、「希望の国の・・・」は出たときに読んだなぁ。
どちらも今でもお気に入りの小説です。
サッカーものも好きかな、村上龍だと。
そいえば、かつてはTVでもよく見かけたものですね。
と、他愛もない感想でした。

2015-05-26 火 12:38:55 | URL | さくらい #zHAUYs2U [ 編集 ]

さくらいさん
『希望の国のエクソダス』を出た当時に読まれていたということは
同時期に出版された中田英寿がモデルに書かれた
『悪魔のゴール天使のパス』も読んでますね。

2015-05-26 火 13:43:55 | URL | 埼玉のへそ曲がり #- [ 編集 ]

その当時、サッカーにほとんど興味が無かったんです。ですので、読んだのは「フィジカル・インテンシティ」です。中田好きのきっかけでもあります。

2015-05-27 水 12:34:50 | URL | さくらい #zHAUYs2U [ 編集 ]

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