原爆ドームと広島平和記念資料館

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先日の広島出張の際、ミーティング終了後に、帰りの飛行機まで時間があったので
平和記念公園に立ち寄ってみた。

広島には、今までにも数回訪れていたのではあるが、すべて出張で、
しかもどういったわけか、広島の仕事はいつもミーティングが押すことが多く、
朝一で広島入りしても、夜まで缶詰になることもしばしばで、
結局今まで駅か空港から、得意先のビルとの往復がほとんどだった。

そんなわけで、お恥ずかしながら、
この歳になるまで実際に原爆ドームを見たことがなかった。

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もちろん平和記念資料館を見学するのも初めてだったが、
様々な方々にここの展示物を見ると言葉を失うと聞かされていた。

今回忙しい中わざわざ案内してくれた広島在住の得意先の方は、
小学生になる息子さんをいつここへ連れてきたらいいのか、
悩むほどだとその胸の内を明かしてくれた。

私はと言えば、さすがにもうこの歳なので、ある程度の覚悟は出来ていたが、
それでも思考を停止させられるには充分な展示内容であった。

「一体なんのために?」

教科書をはじめ、もちろん歴史書で太平洋戦争のことは知っている。
その問への答は頭では解ってはいるのだが、
この惨状を見るや、どうしてここまでしなければならなかったのか、
他に方法はなかったのか?まったくの理解不能に陥る。

太平洋戦争中、侵略を繰り返していた日本帝国陸軍の行いに関して、
今だにこの国は様々な非難を受けているが、その行いへの禊は、
頭の上に原子爆弾を落とされるだけでは不十分なのだろうか?
と、この地に何の縁もない私でさえ、不遜にもそう思ってしまう。

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だが、そんな私を戒めるように、慰霊碑から覗く原爆ドームは語りかけてくる。

世界に向けて人類の平和を願い訴える目的と、過去の過ちを繰り返さないために、
「広島平和記念都市建設法」が制定されこの平和記念公園はできた。

「やられたらやり返す」「倍返しだ」なんて、
物騒な言葉が流行語に選ばれたりしたが、
悲しみや憎しみの連鎖を受け止め、ここで断ち切ることも、
唯一の被爆国で暮らす私たち日本国民の務めなのかもしれない。
  
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