裏切りのサーカス

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近頃理屈抜きで頭を空っぽにして観られる映画の需要が多い中、
一度観ただけでは理解することが難しい映画って、少なくなりましたよねえ。

特にこの『裏切りのサーカス』の場合は、二重スパイという
裏の裏をかき合う冷戦下のMI6とKGBの情報戦を描いているため
頭の処理速度を最大にして観ていないとついて行けません。

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海外ノベルの推理小説で、本の冒頭に登場人物の相関図が載ってるじゃないですか
あれってつまり推理を楽しむためには、我々極東の島国育ちにとって
ただでさえ馴染みの薄い欧米人の名前(しかもロシア人含む)を、
大勢覚えなければならないからなのですが、今作もほとんどそのノリで
実際作品の公式サイトには上記の相関図が納められています。
つまり、
話が進んだ頃に「あれ?いま名前の出たブリドーって誰のことだっけ?」と
そこを思い出せないと小説のように相関図に戻れない映画の場合
もう謎解きはそこで終了という観る者にある程度の覚悟を強いる映画です。
しかも、イギリス情報部内での裏切り者の内部調査の話なので、
容疑者数名を暗号名でも呼ぶこともあり、尚のことややこしい。
そういったわけで、一時停止の効くビデオ向きといえばビデオ向き。

しかも、
推理映画の場合、どうしても説明のためのナレーションや台詞が増えてしまうところ、
逆に口数をばっさりと減らして、意図して映画の中で提供される情報から
観客にも推理をさせるように仕向ける「悟らせる」演出もそこに加わり
一度や二度観ただけで、その陰謀の全貌を理解することができないといった
近頃少ない味わい深い作品になっていると思います。

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そして、色の浅い映像も東西冷戦下の往時を偲ばせ、目の前で展開する「事件」を
リアルタイムに体感させる効果だけでなく、オールディをセンス良く表現していて
しかも、いちいちカット割りがカッコ良く、
ぼ〜っと映像だけ眺めているだけでもいいと思えるほど洗練されています。

特に長い時間背景にフリオ・イグレシアスの唄う
『La Mer』だけが流れるラストシーンは、そこまで極力冷淡に
状況の提示に徹してきた映像が、最後にそれを埋めるかの如く
登場人物の人間味をすべて凝縮するように納められており
あたかもミュージックビデオのようでビッシビシにシビレます!

YouTubeにそのラストシーンの動画がアップされていました。
著作権回避のためか画像の左右が反転された映像になっております
(そんなことで回避できるのか?)が、この3分39秒の動画の中で、
真犯人含め充分ネタバレしているので、ご覧の際はご注意ください。

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2013.05.31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

BATMOBILE

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マイケル・ジャクソンが実物を買ったとか買えないとかで話題にもなったが
やっぱりバットモービルは、ティム・バートンの
『BATMAN』『BATMAN RETURNS』で使われたこいつに限るぜ!

ってことで、長いこと(格安のものを)探していたのだが、
BATMOBILEのミニカー(マテル社 Hotwheels 製 1/18)をついに手に入れました。
超〜〜〜〜かっちょええっす(涙)。

2013.05.30 | コメント(2) | トラックバック(0) | 徒然

色彩を持たない多﨑つくると、彼の巡礼の年

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本の話ばかりでスミマセン。
言い訳がましくも書かせていただきますと、このブログはタイトルにもあります通りに「私をかたちどるモノやコト」について、勝手に書かせていただいておりますが、つまりはその時の私の人生の時間配分によってここの内容も変わってくるというわけで、ただいま私の余暇の多くは読書に割り当てられていると、そういったわけでございます。

ちなみに、本を読むことじたいは嫌いではないが、私は本の虫では決してない。もちろんハルキストでもない。なので、本の話とはいっても、私にとってのスノーボードやオートバイ、波乗りの話と違い、好きで読んでいる人とは相当熱量が違う。
そもそもこの『色彩を持たない多﨑つくると、彼の巡礼の年』に関しても、話題になっているから読んでみたといった興味本位でしかないのだが、案外その程度の読書家の方って、多いのではなかろうか。
そういった方々に何かの参考になれば。っていう内容で。

この小説の内容は驚くほど単純でそして純粋だ。
高校時代にとにかく信じられないほど仲の良かった5人組がいて、その5人組はどうやら多﨑つくるの人生において “死ぬほど” 重要な繋がりであり、宝物だったようだ。そして多﨑つくるを除く4人は「アオ」「アカ」「クロ」「シロ」と色を名前に持つ “色彩のある” 人々で、“色彩のない” 多﨑つくるは多少なりともそのことで疎外感を感じている。そして、これはどこにでもある話ではあるが、大学進学のタイミングで選らんだ進路によって、多﨑つくるだけがその仲間たちと離れて東京で暮らすことになる。もちろんそれでも多﨑つくるは時間さえあれば名古屋に戻って5人は同じ時間を共有し続けるのだが、ある日多﨑つくるはあまりにも唐突に、あまりにも理不尽に、その仲間たちから絶交を告げられる。
 それから多くの時が流れ36歳になった多﨑つくるは、とあることをキッカケにその理由を求めて旧友たちのもとを一人ずつ訪ねて回る “巡礼” に出ることにした──

読んでいる私の個人的な興味は「なぜ言われもなく絶交されたのか?」の、その答えを知りたい一点に集約されていました。それほどその謎の提示の仕方とその提示のじらし方が上手く、とにかくその答を知りたくて、ズイズイと時間の経過も忘れて読みふけってしまった。そんなわけで想像以上に面白かったです。
ただ、この小説にとって、そんな謎解きはエッセンスのひとつに過ぎず、行間からもっと多くの感情表現を読み解かなければならないはずなのだが、残念なことに私にはそこが汲み取れないのでまるで推理小説を読むように読んでしまった。
そうなると、ほんの少し考えれば10代の人間が絶交を決める理由なんてたかが知れていることに気がつくわけで、結局のところ提示されるその「答」を知ると「多崎おまえ一体何から逃げて、どんな救済を待ってたんだよ」と、その面白さとは裏腹に得も言われぬ脱力感に見舞われてしまった。
これこそが純文学体験なのだろうか?難しいぜ村上春樹!

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2013.05.29 | コメント(0) | トラックバック(0) |

永遠の0

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『永遠の0』読みました。
自分自身『アウトレイジビヨンド』の話をしたあとにこの話というのも、作為的と申しますか無関係ではなさそうにも思いますが、そんなわけで私自身余計に没入して読んでしまいました。
軽くつまんで内容をお話ししますと─

 司法試験浪人中の佐伯健太郎のところに、ある日ノンフィクションライターを目指すフリージャーナリストである姉の慶子から、とある新聞社の終戦60周年プロジェクトとして戦争体験者の証言集の取材を手伝わないかと持ちかけられる。実はこの姉弟の祖父は特攻隊として夫を亡くした祖母の再婚相手で、血の繋がった本当の祖父ではなかった。
 その姉の雇い主である新聞社でプロジェクトを進める高山は、神風特攻隊のことを「テロリスト」だと語る。実の祖父のこともあり、その考えがどうにも腑に落ちない慶子は、この取材に際して特攻隊であった実の祖父のことを調べてみることにしたのだが、その取材を弟の健太郎に手伝わせようと考えたわけだ。
 そうして戦友会を通じて祖父に縁のある戦争体験者の元を訪ね歩くわけだが、そこで浮かんできたのは実の祖父である「宮部久蔵」の謎に満ちた人間像であった。ある人は「臆病者」とさげすみ、ある人は「勇気ある人」と称える。そして全員が共通して言うのは「天才的な零戦搭乗員(パイロット)」であったということ。
 最前線で命を賭して戦う者をおおよそ人として扱わず、さも使い捨ての道具のように使い、そのことに一点の疑問も抱かずに、それを天命として受け入れ多くの若者たちが死んでいったと語られたその時代。そこに生きた者たちは本当にそれを「天命」と受け入れ喜び勇んで「玉砕」していったのか?あたかも国に、軍に洗脳されて神風として「特攻」していったのか?まるで貿易センタービルに突入した旅客機のように──そこにあった若者たちの葛藤と真実が深く語られる──


と、いった内容です。

 今までにも「特攻隊」や「回天」「桜花」を題材にした小説は数多くありましたが、戦争体験者の多くがお亡くなりになり、すっかり戦争のことを遠い昔話としてしか認識していない人々が増えたこの時代に、そしてテロという新しい戦争の時代に、年代に関わりなく読みやすく、分かりやすく解説された本作はとても新しい試みだと思う。
 そして何より、ギリギリの戦闘空間であっても愛する女性のために絶対に生きて帰ると誓う宮部久蔵の人物像を描くことで、特攻という重い題材を、特に若い女性にも共感を与えられる、まさに老若男女問わずに読めるようにしたことは、本書がこの時代に残すとても大切な「行い」だとすら思えます。

 冒頭に語られる「神風特攻隊はテロリストと同じ」という見識には、私自身「そうかもしれないなあ」と思いながら読み始めました。実際、これを読むまでは、国のために「特攻」という手段を実行できるその精神の強さに憧れ、そういった思いの強さを持った日本人であることに誇りを感じたりもしていました。しかし、本作で戦争体験者の口から語られる真実には胸が痛くなることばかりで、のちに様々な場所で語られ、私が知ったつもりでいた真実や認識がひっくり返るような話が立て続けに語られます。
 中でも大手新聞社に勤める高山が、とある特攻要員であった人物に、その「特攻はテロ行為である」との認識を打ち砕かれる場面は、あたかも自分がひっぱたかれているような気分になるほど、骨身に染みる場面でした。いまここにその場面のやりとりを書きたい、皆さんに教えたい気持ちで一杯ですが、ここはグッと堪えておくことにします。

 最後に生意気にも書評などさせていただきますれば、その史実としての内容部分はもちろんすばらしく、「宮部久蔵」のミステリアスでありながら、その実人間性に富んだ人物像とその描き方にはぐいぐい惹き込まれるので、近代日本史、特に大東亜戦争について興味のない人にも知らずにのめり込ませてしまうところは素晴らしいと思います。
 ただ、私としましては「それはあまりにも短絡に過ぎないか?」とツッコミたくなる最後のオチのつけ方はいかがなものか?と、そこまでの重厚感ある展開を一気に醒ますような収束のさせ方に少々納得のいかないところでございます。まあ、私の個人的な当てこすりに過ぎないので、そんな私の当てこすりを見透かす意味でも、まだお読みでない方は是非読んでみていただきたいと思います。

すでに12月公開予定で映画化も決定しており、宮部久蔵は岡田准一が演じるそうです。気持ちは分かるがなんか違うなあ・・・興行を考えればそうなるんだろうけれど、この作品の場合、せめて当時の再現部分はあまり売れていない面の割れていない無名の役者さんを起用して、俳優のもつイメージに引っ張られることなく、客観的に観られるように演出して欲しかったなあ。

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2013.05.28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 徒然

サーフィン@千葉 5/25~26

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この週末は波乗りに約半年ぶりの千葉は九十九里へ。
首都高が事故渋滞だったため、いつもなら京葉道路〜千葉東金経由で向かうところ
特に深い考えもなしに先日開通した圏央道の木更津東〜東金区間を使ってみようと
アクアライン経由に切り換えたところ、これが大失敗。
レインボーブリッジを渡り東京湾トンネルを越えた大井から海ほたるまで渋滞…

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海ほたるから先は空いていたのですが、真新しい茂原長南I.Cからは
まだ一般道が20km近く残っており、通行量の多い市街地を抜けるため
これまた余計な時間を浪費することになってしまい、結局海に入れたのは昼。
やれやれだ。

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ときに。
先日アップデートしたばかりのカーナビのマップデータですが、
もちろんこの新しい区間には何もない。マップデータとのイタチごっこで
ひどい徒労感に嘖まれるのは私だけではあるまい。

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なんも調べずに出たとこ勝負で出かけてしまうからいけないのだが
この日は全日本サーフィン選手権が開催されていて、メイン会場はお隣の志田下
なのですが、いつもの太東も予備会場となっていたらしく
波の状況によっては、こちらで開催される予定だった様子。
幸い土日を通してそういった事態には陥らなかったのではあるが
ただでさえ知っているポイントの少ない私は、あぶなく波乗り難民になるとこだった。

太東0525-5

さておき、土曜の海は面は整わず細かいピッチでホレ上がり少々荒れ模様でした。
大会のせいもあってか人は少なめでそういった意味では乗りやすい状況で
サイズは常にコシ以上のなかなかにパワーのある波でしたので悪くはないか。
ただ、こういった海の状況では、体力のないおじさんはアウトに出るのが一苦労。
2時間で腕が上がってしまう。
それでも遮二無二ボードにしがみつき、16時過ぎまで波乗りを楽しんだ。

太東0525-6

翌日曜日はうって変わってヒザ程度のおだやか癒し系。
画像では分かりづらいかも知れないが、満月のためかいつもより10メートル以上
潮が引いてしまっていた。実際潮干狩りを楽しむ家族連れもいたりしたが
波を乗り継いで距離を乗ることを楽しむロング乗り私としては、
その楽しい時間もまた短くなるということ。そしてこう波が穏やかだと尚更だ。
そんなわけで朝から敗退を繰り返し、潮が戻り始めた14時過ぎから波のサイズも
上がりはじめ、ラストの2時間で鬱憤を晴らすかの如く飛ばしまくった。

いや〜ヘトヘトにはなったがガッツリ楽しませてもらいました。
関東地方も、早くも今週中頃から梅雨入りの予報も出ているので、
この週末に乗り込みができて良かったヨカッタ。波乗り楽しす。

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2013.05.27 | コメント(2) | トラックバック(0) | サーフィン

アウトレイジ ビヨンド

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なんでこうヤクザ映画ってカッコいいんだろ?
間違いなくそう思うのは(ほぼ)男(おっさん)だけだろうと思うが
きっと「本来ならこうやってギリギリを闘って生きなきゃ男じゃない」みたいな
遺伝子レベルの欲求が心の奥底に保管されているせいだと思う。

ある意味『北斗の拳』と同じかもしれん。世紀末。
これを観るといかにアウトサイダーを気取っていても、
どれだけ「男」っぽさを気取ってはいても
結局は社会というシステムに守られているだけだということを痛感させられる。

ところで今作の感想を前作との比較で言わせてもらうと
惨殺シーンは減ったが、そのせいでひどく銃撃シーンが浮いて見え
人の命を奪うことを、奪われる側へのメッセ−ジとして扱うという怖さが減り
殺しに美学がなくなったなあ・・と思わされたことが
気になったくらいであとは基本完全な地続き。

加えて言わせていただければ
前作は「完全な」悪人が笑って終わったが
今作は「不完全な」悪人がある意味復讐を遂げて終わるので
観ている方はかなりスッキリと腑に落とすことができて清々しい。

それにしても、役者さんってすごいなあと思わされて実に感慨深い。
もちろん白竜は観ていて震え上がるほど
まさに「ガチ」な存在感を放っているのだが、
三浦友和や加瀬亮をはじめ、ある意味意外性というかパブリックイメージとは
逆の役目を与えられている役者さんたちがすごいと思う。
普通であることの怖さというか現実味がその抑えた縁起からにじみ出ていて
作品にえらく効いている。

中でも西田敏行の豹変ぶりがすごいと思う。
だって(釣りバカの)ハマちゃんだよ?この人。
でもそんなこと観てる間は微塵も思い出させない。単に“似ている人”だ。
その距離感ハンパなし。これもまた男の闘いなのだ。

『狼は生きろ、豚は死ね。』
松田優作主演の『白昼の死角』のキャッチコピーで
これにもずいぶんと考えさせられましたが『アウトレイジビヨンド』を観たあとも
同様に自分のあまりの家畜感に嘖まれること請け合いです。

話変わって。
ここのところの “村上春樹しばり” から抜けだし、
現在『永遠の0』を読んでいるのだが、これまた男臭い浪漫ある物語だ。
これについてもいつか書かざるを得まい。

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2013.05.24 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

1Q84

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たまには読んだ本の紹介でもしてみようかと思います。
くどいようにここに書いている村上春樹を解読するという単なる私の好奇心を一旦まとめるというのただの思いつきだけど。
 まあ村上春樹だし『1Q84』なので、すでにお読みになっている方も大勢いらっしゃるだろうし、もし既読の場合は読み飛ばしてやってください。そんなわけで「最近本読んでないなあ」であるとか、「話題になっていたのは知っているけど読んでないなあ」とか、「読まないけどどんな内容なの?」といった方々向けに、ネタ(オチ)バレにならないギリギリの寸止めで紹介してみたいと思う。

 青豆と、天吾という一見接点のない2人の話を、それぞれ無関係にパラレルに進める方法で話は進みます。
青豆はスポーツジムのインストラクターをしているが、裏では殺し屋として暗躍している30歳になる女性で、殺し屋といってもゴルゴ13というより「必殺仕事人」のように世直しに荷担しているといった風情だ。実際殺しの手口も「必殺」的なクラッシックな方法でもある。
 一方天吾は予備校で数学を教える傍ら小説家を志す青豆と同じ30歳の男性で、編集者の小松から新人賞応募作品の選考の下読みを任されていたのだが、その応募作の中にどうしても抗うことのできない魅力に満ちた作品に出会ってしまう。なんとか最終選考にその作品を残したいと天吾は小松に進言するが、あまりに粗削りにすぎるその作品を最終選考には残せないと小松は言う。しかし当の小松もその作品の魅力には気づいており、ほんの遊び心と儲け心で天吾に修正作業させることを持ちかける。もちろんそれは発覚すれば罪に問われる一種の詐欺行為だ。しかし、その魅力に取り憑かれていた天吾は運命に導かれるように、その誘いにむしろ積極的に荷担してしまうのだが、その『空気さなぎ』という題名の作品を書いた17歳の美少女「ふかえり」は、「さきがけ」と呼ばれる元々は平和的なコミューンから発展したカルト教団のリーダーの娘で、どうやらそこから逃げ出して来たということが発覚し、天吾はのちに不穏な輩につきまとわれることとなる。
 時を同じくして青豆にそのカルト教団のリーダー暗殺の使命が下るが、もちろん目的のためなら実力行使も辞さないカルト教団なので、その仕事は一筋縄でいくはずはない。
 そうして、無関係に進む青豆と天吾の物語は、実はお互いが20年前、子どもの頃にあったほんの少しの邂逅から惹かれ合い、知らず知らずにお互いがお互いの心のよりどころとなっていた・・・・・
と、

 ざっと基本的なプロットはそんな感じだ。付け加えるならばこの運命の二人は出会えそうで出会えないまま進行していくところもなかなかに焦れったく、ヤキモキとさせられてしまうところもこの物語の魅力だ。
 加えて、Book1、2、3に別れる今作は、そもそもBook1とBook2が刊行され、あとから結末となるBook3が追加されたと記憶している。そんなわけでこういった作品には珍しく、わざわざ追加してまで登場人物二人の結末と謎解きがなされているところも興味深く、つまりスッキリ(かどうかは人によるかも知れないが)と読み終えられる“文学作品”には珍しい内容だというところもこの『1Q84』の特徴だと思う。

 そんなわけで、私には珍しくあっという間に読み終えてしまった。それほどにスピード感のある展開で、純粋に物語を読むつもりで手にしても後悔のない作品と言っていいと思う。
 ときに、発行当時に私がお付き合いしていた女性は、この『1Q84』の物語をまったく違う内容として話してくれたので、読む人によって大きく観点が変わるのかもしれない。それもまたこの物語の一面なのか。

で、例によってここからは私の勝手な放談をさせていただく。

 私はこの『1Q84』を読んでいるあいだ、同じ村上は村上でも村上龍の『コックサッカーブルース』を思い出していた。

 各界のVIPの参加する秘密のSMパーティーで、女の子が一人を除き全員電気ノコギリで切り刻まれた─
小さな出版社を経営する堀坂進太郎は、ある日彼の別居中の妻の服を着た見知らぬ女が知らない間に自宅に上がり込んでいるのを見つける。それが発端となり、やがて堀坂は、SMモデルをしている女の剥ぎ取られた爪が送られて来るなど様々な変態性欲者と関わりながら、否応なしに「SMの天才」と呼ばれるその女を追いかけなければならない羽目に陥る─


で、どちらかというと私はその『コックサッカー〜』の方が好きだ。もちろん同じ村上でも『龍』の方がそもそも好きだってこともあるのだが、だからこそこれを基準になぜ『春樹』の方が苦手なのかを考えてみた。

 で、出した結論は、誤解を恐れずきっぱり言うけど、『1Q84』や『色彩を持たない多﨑つくる〜』(の二作品と昔『ノルウエイの森』を読んだだけだが)に出てくる主人公たちはみんな明らかな『被害者』で、私は明らかな『加害者』側だということだった。
 登場人物はみな幼少期のトラウマに悩み苦しみ、そこからの救済を求めていたり、諦めていたりしているように思う。翻って村上龍の小説に出てくる主人公たちは、例えば『コックサッカー〜』の堀坂は、ある日突然カリスマSM女王が鍵がかかっていたはずの自分の部屋に何事もなかったようにいたことで、シリアスな事態に巻き込まれるあきらかな「被害者」なのだが、そこからの打開策を見いだそうとする様がとてもヘルシーで前向きなのだ。そして、その堀坂も「バチが当たった」と思いながら行動しており、つまりは普段は知らずに他者を傷つけている「加害者」であるところが私との共通する部分なのだ。
 もちろん村上龍の作品にも過去のトラウマに苦しむ人物は多く登場する。しかし、それを眺めている語りべはいつもヘルシーで攻撃的な思考回路をもつ人間だと私は思う。

 単なる私の中での比較でしかないのだが、何かそういった「どちら側」に属するのかによって、村上春樹の小説の読まれ方が別れるような気が今はしている。つまりその説が正しければ、心に少なからず枷を填められている人、もしくはそのように不自由を感じている人が現代社会には多いとそういうことなのだと考えられる。

もちろん、これはただの推論でしかないのだが、そう考えると腑に落ちることが多いと、そういうことだ。

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2013.05.23 | コメント(0) | トラックバック(0) | 徒然

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