ミスター・ノーバディ

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2092年。
遺伝子操作によって誰も死ななくなった世界で、
118歳のニモ・ノーバディは、最後の「死にゆく者」として、
その天寿を全うしようとしていた。

ネットワークでその様子が中継されるほど、
そんな彼の死に様に世界中が注目していた、
そんなノーバディの病室に、レポーターを名乗る男が忍び込み、
彼のこれまでの人生を暴き出しスクープをとろうとする。

するとノーバディは、まるでそれを待っていたかのように、
三つのまったく違う人生を平行して語り出す。

9歳の時に両親が離婚し、母親に付いていった先で起こった人生と、
父親と残ったことで、その先に起こった人生。

そこを起点に、それぞれの人生で、それぞれに3人の女性と出会い、
それぞれの人生を生きたことを語るノーバディ。

しかも、3つの人生は、時々に起こる、それぞれの分岐点での、
それぞれの選択によって、更にその先の展開の違う人生を
枝分かれ的に複数混在させ、ノーバディが “平行して” 生きてきた
パラレルワールドを語ってくる。

どれが彼の本当の人生だったのか、
もしくはどれも偽物の作り話なのか、
もしくはどの世界も本当で、
ノーバディはそのすべての人生を経験してきたのか・・・

そして彼は、その死に際にその中の一人の女性の名前を言って逝きます。


という、複雑怪奇極まりない映画でありました。
なぜパラレルワールド生きることができたのか?
もしくは、すべては夢か、単なる虚構だったのか?
それらにハッキリとした解答は用意されず、
かといって、ハッピーエンドということでもなく、
正直観終わったあとの後味の悪さといったらなかった。

でも、それは決して不快な感じではなく、
観る者が何かに気がつけなければ答に到達しないことが、
あからさまに感じられるという種類の後味の悪さ。
しかも、どうしてもその答を知りたくなるという、
哲学的で無限ループ的な作品です。

なので、私の得た答が、この映画の意図する正解と同じかどうか、
私には分からないが、念のためその答を書いておく。

それは、
「死なない世界では、選択すること自体に意味がなくなる」ということを、
知らしめるための作品だったというオチだ。

死ななければ、何度でもやり直しが利く。
けれど、一度きりの限りある人生だからこそ、
選択することに意味があるし、価値が生まれる。

そして、選択すべきそれぞれの分岐点において、
どれが最良の選択であったのか?
死に際であれば、その究極の答に行き着けると、
そういうことなんだと思う。

「あの時、ああしていたら、違う方向に歩き出していたら。
 今頃どうなっていただろう?」
そんな他愛もない想像を、真剣に突き詰めるとこうなる。

という作品でありました。
(そう考えると『アバウトタイム』の哲学版とも言えるね)

もう一度観たいか?と問われれば、
この先5年は観たくない。と答えるほど、かなりメンドクサイ作品でしたが、
観ておいて良かったとも思える。
私にとって、まさに “運命的” な作品でもありました。

オススメ度:60
  

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2018.02.16 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

ニュースの真相

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先週紹介した『スノーデン』に続き、
実話に基づいた社会派作品のお話です。

時は2004年。
日本でも報道されていたので、記憶されている方も多いと思うが、
時の大統領ジョージ・W・ブッシュの軍歴詐称疑惑報道が今作の元ネタ。

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そのスクープを放送した当時のCBSの人気ニュース番組「60ミニッツ」の
ディレクター、メアリー・メイプス(ケイト・ブランシェット)だったが、
放送後、とあるブログで、証拠となった文書が、
書かれた時代には存在しないはずの、マイクロソフトのワードで
タイプされた偽造文書であるという疑惑をかけられてしまう。
その後、証言者達は手のひらを返したように証言を撤回しはじめ、
CBSも、報道はスタッフの間違いであったと幕引きを図りはじめてしまう。

そのあと、CBSは、日本で言うところの放送倫理委員会のような、
外部の調査機関に真相の究明を依頼し、
ニュースをスクープしたヒーロー達は、一夜にして嘘つきと呼ばれ、
一転して疑惑の渦中に放り込まれてしまう。

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映画の前半はそのスクープの取材現場の緊迫したやり取りが描かれ、
後半はその査問委員会の模様が中心となる構成で、
前半部はまだしも、後半は裁判映画のような緊迫したやり取りもなく、
むしろ、「何も余計なことを話さずに、事の推移を見守るが吉」みたいな、
事なかれな対処療法が描かれるので、はっきり言って面白くも何ともない。

ただ、審議会で問われるただ一点の問題点が、
責任を問われる人間の「政治思想」であるというところに、
とても興味を惹かれました。

つまり、この報道が、
偽の書面(と思われるもの)を元に行なわれたのかどうかではなく、
大統領と、政府に対し、個人的な政治思想によっての
攻撃であったのかどうか?ということが放送倫理として調査され、
裁かれているのである。

もっというと、ジョージ・W・ブッシュという人物が嫌いだから、
彼を貶めるために、報道という立場を利用して、
攻撃を仕掛けたのではないのか?という疑惑だ。

個人的な思想と、国民が知るべき情報の違い。
そしてその両者のどこに線引きをして選別するのか。

報道する側も一人の個人であり、
大統領もまた一人の個人であるということ。

仕事と、個人の利益、公益性をどう秤にかけるのか?

考えたこともなかったので、まさに目から鱗でありました。

物語は、報道の揉み消しともとれるような、
外部からの圧力を想起させるように進められ、
真実を隠蔽する見えない力の存在をあぶり出すことに
焦点を置いて進められますが、そういったわけで私は、
見えない圧力の存在よりも、
報道というものの有り様の方に強い関心を抱かされました。

例の森友学園の件でも、加計学園の件にしても、
果たして日本で、このような倫理感が守られているのか?を考えると
甚だ心配になってくる。

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最後に話をこの映画に戻すと、なぜ完全な確証のないこの文書を、
大統領の軍歴詐称の証拠としたのか?について、
メアリーが査問委員会で問われるシーンで、

「知っていたにせよ、調べたにせよ、内部の事情に精通し、
 全員を欺くことの出来る、この完成された文書を作成できるような人物が、
 わざわざマイクロソフトのワードで文書を偽造するはずがないからだ」


と答え、更に、

「そもそも真偽に関して明らかにしないといけないのは、
 書面が偽造であるかどうかではなく、ブッシュが就いてもいない軍歴を、
 そうであるかのように詐称したのかどうかの方だ!」


と、訴えるケイト・ブランシェットの迫真の演技
(上に貼った予告編の冒頭に、そのさわり部分が収められています)が、
この映画の最大の見所でありました。

エンターテインメントとしては、決してオススメはできませんが、
なかなか考えさせてくれるという点では良作でありました。
これもまた映画の持つ魅力のひとつだと改めて思わせてくれるような、
まさに社会派映画のお手本のような作品でありました。
(オススメ度:50)
  

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2018.02.09 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

スノーデン

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2008年公開の『イーグルアイ』など、
テロ対策の名目で、人工衛星や街中の監視カメラや、
携帯電話、クレジットカードなどによって、
市民が監視される様が描かれていたが、2008年はまだ、
それらは夢物語であって、SFのようにしか見えなかった。

それからほんの数年経っただけの今日、ウェブサイトの閲覧ログや、
ネットショッピングでの購入履歴などによって、人それぞれの趣味趣向を特定し、
その人に合った製品やサービスを提供するアルゴリズムの開発や、
顧客データなどのビッグデータの活用は、いまでは普通に行われている。

それらもある意味、企業から「監視」されているようなものだと私は思うので、
その技術を使って、国家のスパイ活動が行われていても何の不思議もないと
私は思ってしまうのですが、それらはあくまでも国家が悪用しないことが
前提であるコトは言うまでもない。

今作は2013年6月に起こった、
アメリカ国家安全保障局NSAの元職員が、
アメリカのスパイ活動を内部告発した『スノーデン事件』を、
社会派の映画監督として知られる
オリバー・ストーンが実写化した作品だ。

現代は情報戦争と言われるほど、
各国の間でスパイ合戦が繰り広げられている。

そんな世界で、自国の国民を守るため、
世界中の危険分子を、ネットから現実まで、あらゆる手段を駆使して
抽出、発見し、監視する仕組みは当然必要にも思われる。

何より、何もやましいことがなければ、
アカの他人に知られて困るようなことがなければ、
何も恐れることはない、とも思ってしまう。

なので、今作で愛国心の強い、英雄のように描かれている
エドワード・スノーデンを、
時の大統領、バラク・オバマが言うように、ハッカーや、
売国奴と呼んでも、それもまた間違ってはいない、とも思える。

何より、オリバー・ストーンなので、
そこそこ偏った解釈であることは念頭に置いて、
今作を観る必要はあるだろう。

でも、ここで描かれていることの多くが事実だとすれば、
これほどの監視体制の正当性を説得できる人間など、
誰一人としていはしないことだけはすぐに分かるし、
劇中でも語られるように「二度と9・11を引き起こしてはならない」こと、
そして、それが情報戦の先に守られている事実も平行して示される。

つまり、正義だと信じて、個人的な悪用がないと信じて、
国民には秘密裏に行われるしかない、
これは、いわゆる必要悪のひとつだ。

日本でも、松本サリン事件で、犯人の乗ったクルマの足取りが、
高速道路などに設置されているNシステムによって発覚したわけだが、
表向きには、Nシステムの情報は記録されていないと公表されていた。

政府から高額な給料を受け取り、
ハワイでの裕福で幸せな生活を投げ打ってまで、
そして、当局からの攻撃を受ける危険を負ってまで、
告発する道を選んだ、スノーデンという人物の覚悟を含め、
果たしてこの事態が是か非かを、観る者一人ひとりが
正面から考えなければならないし、
世界はすでにここまで歪んでいると言うことを、
全ての人間が理解する必要があると思う。

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主演はジョセフ・ゴードン=レビット。

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最後に亡命したロシアからメディアの前に現れたスノーデンだが、
そのシーンはなんと本人が演じている。

これを観ると、ゴードン=レビットの役者魂を思わずにはいられない。
それほどに魂の籠もった熱演を魅せていることも、今作の見所だ。

こういった世界に暮らすことが幸せではないことくらい、
誰にでも分かることだ。
でも、そうせざるを得ない事実もまたそこには横たわっている。

今作は、そんな決して交わることない、平行した主義主張の間のどこかで、
我々が暮らしていることを知る良い機会になると思う。
  

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2018.02.02 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

私を離さないで

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『私を離さないで』(原題:Never Let Me Go)は、
先日、2017年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの
2005年に発表された同名小説を、2010年に映画化した作品。

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日本では蜷川幸夫演出で舞台化され、昨年には綾瀬はるか主演で
テレビドラマ化もされていたようだが、私はまったく知らなかった。
そもそもこの作品、ひいてはカズオ・イシグロのことも
私はよく解っていなかった。
なので、たまたまWOWOWでこの作品を観たときの衝撃が、
本当にすごかった。むしろ、予備知識が何もなくて本当に良かった。

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物語は「1952年 不治とされていた病気の治療が可能となり
1967年 人類の平均寿命は100歳を超えた」
という
パラレルワールドの存在を予感させる、SFめいたテロップから始まるが、
舞台は海外ドラマなどでよく見かけるイギリスの寄宿学校での、
どこにでもあるような少年一人に少女二人の三角関係が描かれていく。
この展開と『私を離さないで』という脱力しきった題名も合わさって、
冒頭の部分はかなり退屈に感じましたが、
せめて謎かけのような冒頭のテロップの解答くらいは確認してから
観るのを止めよう・・・とか思っていたら、

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「あなたたちは長生きができない」と、
あまりにも唐突に、女教師が生徒達に衝撃的なことを語りはじめる。

「普通の人は母親になることを夢見たり、
 人によってはカー・レーサーになることを夢見たりするでしょう。
 でもあなたたちは違います」

その脈略なく語られる一言で、
冒頭のテロップのことが急激に思い出される。

そう、彼らは臓器移植のための、生きた臓器の「畑」であった。

「だいたい3回目の“提供”“終了”します」

そう告げた女教師は、翌日解雇され学校を去っていき、
それによって、その臓器提供システムに反対する勢力の存在も示唆されるが、
誰かの命と臓器を引き替えにしてでも、死にたくないと願う人間の
良心を凌駕する悪意の世界が描かれる。

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彼らがオリジナルを持つクローン人間であることも示唆されるが、
それすらなんの気休めにもならず、むしろ、その悪意は更に凶暴化する。

彼らに絵を描かせてそれらを教師達が評価するシーンがあるのだが、
後半になってその意味が語られる。
それは「この子達に魂があるのか知りたかったからだ」と。

これは家畜を見て感じるところと似ている。
もう少し解りやすく言うと、鯨に対する感情に似ている。

観ていれば、彼らが単なる「畑」でないことは一目瞭然にわかる。
魂を持った普通の人間であることがわかる。

その証左として、愛し合う者はそれを証明できれば
「提供」に2〜3年の「猶予」が与えられるという噂が彼らの中で流れ、
やはり、その可能性にすがってしまうわけだが、
それが嘘であることがすぐに発覚してしまう。
ほのかに見えた希望が嘘だと分かる絶望感。

しかも、望むのは永遠の命や長生きではない。
たかが2〜3年延命される程度の話だ。

未来の出来事ではなく、過去の世界を舞台にすることで
ファンタジー感を高め、こんな吐き気のするような世界感を中和している。
それらが、決して諦めなどではなく、
短くも愛おしい人生を成就しようとする主人公達の葛藤を際立たせている。
この題名も、臓器を失っても生かされている者たちの絆を顕しているのだが、
読む者の裏をかくための仕掛けでもあったのだろう。

ユアン・マクレガー、スカーレット・ヨハンソン主演の2005年の映画
『アイランド』でも、同様の臓器移植用クローン達の世界が描かれたが、
そちらはそうだとは知らされていない者たちが、それを暴いていく
物語であったので、むしろ痛快なSFアクションに仕上がっていた。

その『アイランド』の持つ悪意の濃度を、極端に上げた作品が、
この『私を離さないで』だ。

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主演は
キャリー・マリガン(『華麗なるギャツビー』)、
アンドリュー・ガーフィールド(『サイレンス』)、
キーラ・ナイトレイ(『パイレーツ・オブ・カリビアン』)。

そして脚本を私の大好きな『エクスマキナ』を監督した
アレックス・ガーランドが担当していた。

彼らの発するイノセントな魅力が、余計に観る者の心を掻き乱す。
それ故にひどく後味の悪い物語なのだが、
そんな異物感をオブラートに包む演出方法も含めて、
決して「あり得ない」とは言い切れない、
人間の傲慢で、あまりにも欲深い本性を、
これ以上ない強い説得力をもって表現した作品でした。

ネタバレしてから観ても、この作品で観るべき部分の
ほんのさわりでしかありません。
是非ご覧いただきたいと思います。

(オススメ度:90)

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2018.01.19 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

ブレードランナー2049 ネタバレしてでも語りたいのでもう一度

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『ブレードランナー2049』
もうご覧になりましたでしょうか。

案の定、私はあのあとも2D版でもう一回観ました。

遅れて発売されたサウンドトラックも早速購入し、
かなりのヘビロテで、ほとんど毎日聴いております。

『ブレードランナー』のサウンドトラックは、
作曲家のヴァンゲリスがこの前作に楽曲を担当した
『炎のランナー』が成功し過ぎたため、
世間からの “映画音楽家であるかの印象”を避けるため、とか、
“音楽的整合性の違い” とかで、オリジナル音源での
サウンドトラックの発売を認めなかったのだという。
そのため、実はサウンドトラック用に改めて録り直されたもの。
オリジナルとかけ離れたそれは、聴いていてもどこか違和感があった。

でも『ブレードランナー 2049』のサウンドトラックは、
ハンス・ジマーとベンジャミン・ウォルフィッシュの2人による
完全なオリジナル版だ。思いっきり没入できる。

特に、海に向かう夜明け前の首都高から眺める都心部は、
車窓がミュージックビデオのように
ブレードランナーの世界にピッタリとはまるので尚更だ。

さておき、『ブレードランナー 2049』については
すでに様々な所でネタバレを含む解説がされておりますが、
そこはやはりブレードランナー。
単なる物語の解説に留まらず、
その難解とも言える物語の解釈を巡り、
様々な意見やら見方やらが出回っております。

私もいいかげん吐き出したくてウズウズしておりましたので、
ここらへんで発散させていただこうと思います。

(※以下、元も子もないくらいにネタバレしますのでご注意ください)



さすがに鑑賞も2回目ともなると、
「子供を産めるアンドロイド」という今作最大の秘密への驚きは薄れ、
冷静に俯瞰して観られるようになっておりました。

そうして見えてくるのは、捜査官Kのやるせないほどの悲しみです。

人間がやりたくない仕事は全部レプリカントに押しつけておいて、
そのくせ「Skin job !(人間もどき)」と蔑まれ、
しかも、ネクサスシリーズへの反省から、
人間への絶対服従をインプットされているため反抗もできない。

だからこそ、人間以上に純粋な心を持ち合わせているという、
なんとも皮肉の籠もった設定になっている。

というように、今作の主役は、
レプリカントに生活圏を脅かされる人間の方ではなく、
そんな迫害を受け続けるレプリカントの物語になっている。

捜査官Kは、自身もレプリカントでありながら、
旧型とは言え、同じレプリカントを「解任」する役目を負わされた上に、
レプリカントにとっての奇跡である、
レプリカントから生まれたただ一人の子供である重荷まで背負わされ、
挙げ句それは人間へ仕掛けられた罠(嘘)だったと知らされる。

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実体のないホログラムの「AI 恋人」ジョイとだけ心を通わせ、
デッカードに名前を聞かれたときには、
自身の製造番号に由来する「K」ではなく、
ジョイに付けられた名前「ジョー」だと名乗る。そんなジョイも、
ジョーを追うレプリカント、ラヴに殺され(壊され)てしまう。

そうして想像を絶する精神的な苦痛の奈落へ、
ジョーもまた人間同様に「生まれ出づる悩み」を抱えたまま
追い詰められていってしまう。

逃走したデッカードとレイチェルの間に生まれた
唯一のレプリカントの子供を隠している、旧型レプリカントの残党達の
長である女性レプリカントは、傷つき果てたジョーに
「大義のために死ぬことはより人間らしい」と
レプリカントの子供の出生の秘密を知るデッカードの暗殺を命じる。

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そうして、一番上に貼った画像の
ジョーがデッカードの元へ向かう道すがらのシーンにつながるわけだが、
やはり、このシーンが一番悲しいし切ない。と私は思う。

広告用の巨大ホログラムとして、
通りすがりのジョーに請け売りな宣伝文句を言うのは、
他ならぬ愛玩製品としてのジョイ。

つまり、ジョーはここで、あれほど愛したジョイもまた、
自分の願望を反映させるようにプログラムされた仮想現実でしかないこと、
そしてそれは、人間への服従をインプットされた
自分もまた同じであることを悟る。

そしてここまで鬱積した悲しみや怒りの矛先を、
「デッカードを彼の娘に会わせる」という、
人間のためでも、レプリカントのためでもない、
純粋な自身の願いのために、自身の命を使うことを決意する。

「大義」のためでなく、小さな他人の希望のために命を投げ打つ。
そうすることが自分がレプリカントとして生まれこの世に存在した証、
つまり「自分にも魂がある」のだと示し、
より人間らしく死ぬために・・・・


後半の解釈は私の独自のものなので、本当は違うのかもしれない。
特に、断末魔に「愛してる・・・」とジョーに告げるジョイが、
果たしてプログラムなのか、「感情」なのかは、
観る人毎に意見が分かれるところかもしれない。

でも、私にはこういう残酷な解釈ができてしまいました。

遺伝子レベルまで遡っても、ほとんど人間と変わらないのに、
それでも、人間達に自身の魂の存在を認めてもらえない悲しみ。
この世界の中の“人間たち”のなんと残酷なことか。

でも今作は、観る者に「人間のお腹」からでも、「工場」からでも、
たとえどこから生まれ出ても同じ人間」であること、
そしてレプリカントに向けられた感情が、
単なる迫害であることが、痛いほど分かるような作りになっている。
そういう意味で今作は、
黒人達への迫害や圧政を描いた多くの作品達と同じなのかもしれない。

もしこれに続編があるとしたら、『ターミネーター』のように
ここから人間とレプリカントの全面戦争に発展していくのが
自然な展開なのかもしれませんが、
それはすでに『ブレードランナー』ではないだろう。

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さておき、登場人物で私が一番惹かれたのは、
ジョイ役のアナ・デ・アルマスでも、
ラヴ役のシルヴィア・フークスでもなく、
デッカードとレイチェルの娘、アナ・ステリン役のカーラ・ジュリ。

アナ博士はレプリカントの精神を安定させるための記憶を[製造」する
仕事に従事する研究員で、ジョーは彼女に自身の記憶が本物かどうか
確かめさせる。
つまり、アナはこのとき、ジョーには自分の記憶が埋め込まれている事を
知るわけだが、彼女はその理由をどのように解釈したのだろう。
彼女は自らがレプリカントから生まれた
“奇跡の子"だと知っていたのだろうか。
だからジョーが、自分を隠すための
目くらまし役を担っていることを悟ったのか?
あの涙のワケが、かなり気になります。

さておき、カーラ・ジュリのイノセントな存在感が
「感染症をもち無菌室から出られないレプリカントの子供」
という役どころにバッチリフィットしておりました。
本当にハリソン・フォードとショーン・ヤングの間に生まれた娘
だと言われても疑わないであろうナイスキャスティングであります。

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3月2日のBlu-layの発売がすでに待ち遠しい。
ブラスター付きの特別バージョンのBlu-lay BOXセット
¥25,920はすでに完売だ・・・
また劇場に観に行っちゃおうかなーまだどこかでやってるのかなー?
  

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2017.12.22 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

STAR WARS 最後のジェダイ 観たぞ〜〜ネタバレなし

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本日15日から公開の『スターウォーズ:最後のジェダイ』。
知り合いに「もう観たよ」とか、
「教えようか?ぐしし・・・」とか言われるのだけはゼッタイに避けたい。
想像しただけで鳥肌が立つ。

実は昨日14日18時からの最速公開回があったのですが、
残念ながらチケットを手に入れられなかった。
するとあとから、解禁になる15日0時(14日24時)からの回が設定され、
最速公開回は2Dの一般上映ですが、こちらはIMAX版ということで、
これは渡りに船。

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というわけでイの一番で観てまいりました〜〜〜〜!
すっかりお祭り気分に乗っかって、
ストームトルーパー・ポップコーンとか買ってみた。
深夜0時に食べるものでもないけれど・・・

「エピソード9いらないんじゃないのか?」ってくらいに
少々盛り込みすぎて散らかり気味の感は否めませんが
それでもやっぱりスターウォーズ!
何が来ても楽しんじゃえるところがレジェンド・コンテンツの凄味。
それと、ライアン・ジョンソンって監督さんの作る画は純粋にきれい。
賛否両論あるかもしれませんが、私は単純に楽しめました。

というわけで、期待されている方々!
安心して観に行ってください!

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来年6月29日から公開予定の『STAR WARS Story:ハンソロ』もあるが、
エピソード9が公開される2年後がすでに待ち遠しい!!
2年前も同じ事言ってましたが

すでにエピソード10〜12の制作も決定され
そちらもライアン・ジョンソンが監督を担当することが
併せて発表されている。
まあ、私としては次回のエピソード9で完結する
『スカイウォーカー・サーガ』までで一区切りだと思っているので
今はまだその先のことまで関心がないけれど。

というわけで、現在15日AM5時。
ふぁ〜〜〜眠い・・・・おやすみなさい・・・
  

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2017.12.15 | コメント(2) | トラックバック(0) | 映画

スウィート17モンスター

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誰もが経験する大人への通過儀礼。
「リア充」なんて言葉がない時代から、
「負け組」なんてどこにもいない時代から、
「どうして自分だけこうも不幸なんだ」と誰しもが思う時期がある。

私が育った時代は、とにかく情報という情報が遮断されていて、
F1の結果は月刊の自動車雑誌が発売されるまで分からなかったし
(しかも立ち読み)、上に男兄弟のいない者は、
近くの草むらで拾った平凡パンチが唯一のエロとの接点だったし、
1999年には恐怖の大王が堕ちてくると信じて疑わなかった。

そんな、創造力だけがやたらと膨張していた、
極端に情報が不足していた時代の、埼玉の片田舎ですらそうだったので、
情報過多の現代の若者達は何倍もツラいだろうな、と漠然と思う。

自分より勝っているように見える人間の情報が、
欲しくもないのに、向こうから次々と手もとにやって来る。
大人になれば、ある程度は価値基準が固まるので、
なりたくない未来への興味はなくなるが、
若い頃はどの未来も魅力的に見えて、さぞ辛いだろうと思う。

つくづく昭和に育って良かったと思わずにいられない。

さておき、『スウィート17モンスター』は、
子供でも大人でもない、多感で微妙な時期を描いている作品だ。


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原題は『Edge of Seventeen』。
観終われば、誰もが間違いなくこちらの題名の方がシックリくると思うだろう。
『スウィート17モンスター』という題名に、このポスターデザインを見れば
間違いなくセンスの良い青春喜劇だと思われるだろうが、さにあらず。

主人公の悩みや、そこから湧き出る負のエネルギーは、
もっとシニカルで、より深刻なものだ。

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このテの青春映画で私が好きなのはエレン・ペイジ主演の『ジュノ』。
好奇心だけの行為で妊娠してしまった女子高生のジュノは、
妊娠が発覚して間もなく、出産して子供を養子に出すと言い出す。
周りの偏見や視線を一切意に介さず、自分の考えのままに生きていくジュノは
古い人間からすると、まるで宇宙人のような新世代の若者なのだが、
そんな突飛で破天荒な行動の中で、命の尊さや、男女の愛について、
そして、社会の本質を学んでいく姿がとても素敵な作品でした。

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今作もそんなジュノ同様に、“新人類” が、
一歩間違えれば取り返しのつかない事態の
一歩手前まで暴走する様を描いている。
それをしてモンスターと言いたいのだろうが、
本人はいたってマジメに悩んだ結果に、
行き場のない憤りを周りの人々にぶつけているだけなので、
ゴジラのように無軌道に暴れ回っているわけではない。

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ただ、その行動があまりに極端に過ぎて、
ジュノのように共感しづらいところがイマ風の青春喜劇。
得体の知れない理論構造でまっしぐらに行動しながらも、
それ故に大きな疎外感を抱え込み、それによって繰り返される
負のスパイラルはコミカルではなく、結構シニカルに描かれている所が
イマ風に言うと“クール"な作品に分類されるのだろうと思う。

なので、17歳の中でも、特にギリギリのセンまで追い詰められてしまう
一人の少女を描いた『Edge of Seventeen』だと思って観た方が
結果的には何倍も面白いと思う。

というわけで、『スウィート17モンスター』絶賛レンタル中です。

オススメ度:60

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2017.12.08 | コメント(2) | トラックバック(0) | 映画

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埼玉のへそ曲がり

Author:埼玉のへそ曲がり
オートバイと
スノーボード。
近ごろ波乗り。

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