忍びの国

忍びの国1



そもそも時代劇が好きだってこともあるんですけど、
『忍びの国』かなり楽しめました。

原作は『村上海賊の娘』の和田竜。
なので、「これは史実である」とか言ってますが、
かなりの脚色が加えられていることは疑いようがない。っていうか、
観終わってもまだこれを史実だと信じてる人なんていないと思う。

とかいうと、悪いことのように思われてしまうかもしれないが、
歴史を面白い方に読み解くことにかけては天下一品の作家だと思うし、
こちらでもそのあたりの才能は存分に発揮されている。

基本的にこれ以上ないってほど愉快な喜劇。

しかして、喜劇のような現実に生きる人間ほど悲しい者はなく
その事実が反転してしまう悲哀も同時に描かれている。
その塩梅が抜群に上手で、90%笑えて、最後にホロリとさせられる。
誠によく出来たエンターテインメントであります。

忍びの国3

そして、この大野智って役者がまた良い味出している。
映画化の際に大野智を想定して脚本が書かれたんじゃなくて、
原作からこの役者を想定していたんじゃないかって思えるくらいに
バッチリとハマっている。

伊賀最強の忍者で、まるで遊ぶように人を殺め、
そのくせ嫁さんにはまったく頭の上がらない恐妻家である
「無門」という役に見事にハマっている。
っていうか、「こういう人がいたらいいな」って
本気で思えるような人物像を作り上げていた。

この人間の存在感だけでこの作品のほとんどの部分が
完成してしまっているとすら思う。大野さん専用作品。

忍びの国2

それと、伊勢谷友介の存在感も相変わらずスゴい。
こういうほとんど主役のような強めの脇役がいないと
このテの物語はバラバラに空中分解してしまうものだが、
このあたりにハマれる役者さんって案外少ない。
日本には主役級と、あからさまな脇役との両極端しかいない
ように思うので伊勢谷友介の存在はほんと貴重だ。

『新宿スワン』の真虎役の演技もスゴいと思ったが、
ここでもこの作品の世界観を制圧するようなスゴ味を発散していた。
観る度にこの役者さんの威圧感が増しているように思う。

さておき、『忍びの国』の世界観はほとんどマンガ。
それをバカバカしいと思うか、痛快と捉えるか。
そこがこの映画を楽しめるか否かの境目になりますが
何よりもう旧作ビデオとして安価に観られるのだから
ヒマだったら何かのついでに一緒に借りて観ても損はないと思います。
(オススメ度:80)

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2018.06.15 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

ギフテッド

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さよなら僕のマンハッタン』のマーク・ウェブ監督作品
『ギフテッド』。

こちらの方が先に昨年末に公開されていたのですが、
すっかりノーマーク。
『さよなら僕のマンハッタンン』を観てからこの作品の存在を知り、
配信開始を待って慌てて観た。

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生後6ヵ月で天才数学者であった母ダイアンを自殺で亡くし、
叔父のフランクに引き取られ、以来6年と半年の間
フロリダで育てられた7歳のメアリーは、
母のように数学の才能に秀でた「ギフト」を与えられた天才少女。

子供であれば尚のこと、自分と他人のレベルの違い、
考え方の違いに気づくことは難しい。
同級生に、上級生、担任の先生に校長先生まで含め、
自分を理解してもらえないこと、
それ故に自分が他人を理解できないことに思い悩むメアリー。
優秀な子供だけを集めた教育を施す学校へ、
奨学金によっての転入を薦められるも
フランクはメアリーを地元の普通の学校に通わせることを決める。
それは、娘を「普通に」暮らさせたいという亡き姉の遺志でもあった。

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そうした学校側とのやり取りの中で、
ボストンで暮らすイギリス出身で自身も数学者として名を馳せた厳格な祖母
エベリンにフランクとメアリーがフロリダにいることが知れてしまう。
自殺したダイアンは妊娠を機に母エベリンの元を去り
娘を連れて弟の元に逃げていたのだった。

孫の才能を知ったエベリンは、亡き娘ダイアンに託した数学者としての夢、
ミレニアム問題(100万ドルの懸賞金がかけられた数学者への7つの問題)の
ひとつであるナビエ・ストークス方程式の解明を
メアリーに代わりに達成させようと考え、
フランクと、メアリーの親権を争う訴訟を起こす。

gifted2.jpg

ボートの修理を請け負い生計を立てていたフランクは
お世辞にも裕福ではなかったが、
エベリンは自身もボストンの有名大学に籍を置く優秀な数学者で、
お金には何ら不自由しない生活を送っており、
環境的にはフランクの方がかなり分が悪い。

しかして、エベリンの人を見下すような偏った性格が災いして
裁判は一進一退を繰り返す。

そんな裁判の中で、フランクとエベリン親子の過去が明かされていき
「なぜダイアンは自殺したのか?」
「なぜ母親ではなく弟に娘を預けようとしたのか?」
「なぜ大学教授一家に産まれたフランクがボートの修理工をやっているのか?」
「なぜフランクはメアリーを普通の女の子として育てたいのか?」
など、次第にこの謎めいた家族の真相が明かされていく。

果たして、フランクはメアリーの親権を守れるのか?
二人はこのまま暮らし続けていけるのか?
母エベリンとフランクの関係はどうなるのか?

最後にひた隠しにされていた死んだダイアンの真実が明かされます。


こう書くと親権を争う裁判劇のように見えてしまうかもしれませんが、
裁判はあくまでも物語のエッセンスでしかありません。
自身の子育ての経験もまだない叔父が
何度も何度も迷いながらも亡き姉から預けられた姪と絆を深めていく様子や、
何より、そんな叔父フランクを愛し、理解者として尊敬の念を抱き、
彼の言いつけを守りながら、少しずつ成長していく
メアリーの姿の方が何倍も印象に残る素敵な家族の物語です。

子供にとって、いったい何が一番の幸せになるのか?
与えられた才能を伸ばしてやることか?
それとも、まずはごく普通のあたりまえの幸せを味わわせてあげることか?
それを決められない子供に代わって、
大事な決断を迫られる大人の葛藤の様子が暖かく描かれている
とても良い映画でした。
(オススメ度:80)

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2018.06.08 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

スリー・ビルボード

threebillboards_2.jpg



原題の『Three Billboards Outside Ebbing Missouri』にあるとおり
物語はミズーリ州の片田舎にある3つの看板にまつわる話。

焼死体で見つかった娘の犯人が
半年以上経った今でも捕まらないことに業を煮やした
ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、
すでに朽ち果てようとしていた郊外に建つ3つの屋外看板に
「娘はレイプされて焼き殺された」
「未だに犯人が捕まらない」
「どうして、ウィロビー署長?」

という警察への挑発的なメッセージを掲載する。

小さな街エビングは、この屋外看板を発端に
ミルドレッドに同情する者、
住民からも慕われる人格者で、
ガン宣告を受け余命いくばくもないウィロビー署長をかばう者に
二分されてしまう。

南部特有の差別意識が強く、
気性が激しく素行の悪い警察官たちは
高圧的な態度で広告主であるミルドレッドや、
広告会社のレッドに看板を取り下げるように迫る。

その他にも署長派の住民たちに恫喝を受けながらも
ミルドレッドは頑として看板を下ろそうとしない。

元警察官であるミルドレッドの別れた夫(19歳の娘と付き合っている!)も
看板を取り下げるようミルドレッドに迫るが、
離婚の遺恨もあって、むしろ火に油を注ぐ結果となり
余計にミルドレッドをたき付けてしまう。

そして何者かに3つの屋外看板が燃やされ、
エルドレッドも目には目をで警察に対し報復行動に出るなど
事態は次第にエスカレートしていってしまう。

しかして、
殺されたエルドレッドの娘に事件に何かの裏や、
隠された事実があるでもなく、
捜査に不備があったり警察の怠慢だったりするわけでもなく、
本当に犯人に繋がる証拠を見つけることができなかっただけであった。

その事を頭の何処かでは理解しながらも、
脅迫と死の危険を冒してまで看板を下ろそうとしない
エルドレッドを突き動かす源は、
実は事件当日に娘へとってしまった彼女自身の態度にあった。
つまり、すべては自身へ向けられた怒りであった・・・

結局誰にも幸せな結末など訪れないことが分かったまま
エルドレッド、警察、住民たちの行き場のない怒りと
それによって繰り返される深い悲しみの連鎖を淡々と描きつづけます。

そしてそれぞれの抱えた怒りが収束するには、
それぞれをそれぞれが赦す他にはない。


未解決事件が解決していく様を描くサスペンスドラマかと思いきや、
「怒り」とそのはけ口である「暴力」、そしてその先に静かに待つ
「赦し」という人間が人間たるための根源的で本質的な姿を描いた
重厚な人間ドラマでありました。


threebillboards_1.jpg

今作は第90回アカデミー賞で『シェイプ・オブ・ウォーター』と
最後まで主要な賞を争い、フランシス・マクドーマンドが主演女優賞、
高圧的で直情的な警察官ディクソンを演じた
サム・ロックウェルが助演男優賞と主要2部門を受賞した。

threebillboards_4.jpg

フランシス・マクドーマンドと言えば、
やはり『ファーゴ』(1996)での名演を思い出す。
サイコスリラーのような猟奇的殺人事件に挑む
妊娠中の保安官マージの飄々とした態度が織りなす
明と暗、善と悪の放つコントラストが素晴らしかった。

さておき、まだご覧になっていない方は、
フランシス・マクドーマンドとサム・ロックウェルの二人が
映画の本当のラストの瞬間まで続ける
静かでも激アツな演技で魅せるバトルを楽しみにして観て欲しい。

この二人の火花散る攻防と、その後に二人が人間の尊厳を取り戻していく様に
二人の演技力の凄味、そして人間の弱さと
生き続けるための勇気の大切さを感じる事ができると思う。
(オススメ度:60)

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2018.06.01 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

オリエント急行殺人事件

オリエント急行殺人事件



もちろん私は1974年に公開された方の映画も観ている
(ロードショウではなかったが)。
私が観ているかどうかは置いておいても、
アガサ・クリスティ原作の同名小説はそのあと類似品があとを絶たなかった
「〜〜殺人事件」のはしりと言っていいミステリーの傑作。
つまり、多くの方々がすでに結末を知る物語と言っていい。

結末のネタバレこそ致命傷となり得るミステリー作品、
その中でも最高に意外な結末が待っているからこそベストラーとなった作品を
リメイクするのは、かなりの挑戦だ。

なので、私が観たい、もしくは確認したいのは、
そういった意地悪な見方をする観客に対し、
どういった解答(挑戦)を魅せてくれるのか?という部分。

オリエント急行殺人事件3

そんな無謀とも言える挑戦にあえて挑んだのは、
主人公の天才的探偵アルキュール・ポアロ役も同時に演じた
ケネス・ブラナー監督。

寝台特急の客室で起こる密室殺人。
容疑者は乗客全員なので、登場人物一人ひとりの生み出すディテールが
この映画の世界観のすべてといっていい。
そんな世界観を実現するため集められた役者陣は、
一番上の画像にある通りまさに豪華な顔ぶれだ。

オリエント急行殺人事件2

もちろん、1974年版でもそれは同じことで、
イングリッド・バーグマン、
ジャクリーン・ビセット、
ローレン・バコール、
アンソニー・パーキンス、
ショーン・コネリーと、
そうそうたる顔ぶれが名を連ねる。

このようなほとんど伝説的な名作にどう立ち向かうのか?

オリエント急行殺人事件4

ケネス・ブラナーは、
『ダヴィンチコード』や『シャーロックホームズ』などに見慣れた観客に
真っ正面から立ち向かうように、この古典的傑作ミステリーを
CG技術も駆使しながらとても現代的な映像美と解釈で翻訳し直してきた。


しかして、その出来映えはというと・・・
う〜〜ん。
まったく結末を知らない方ならまだしも、と言ったところか。
でもだ、観客が結末を知っていることありきで
作られているようにも見受けられるので、
謎解きに必要な情報の提供が結構おざなりにも感じてしまい、
結構どっち付かず。

つまり、やろうとしていることは解るのだが、
結果的にミステリーなのか、アクションなのか、
まあまあ中途半端な結果となってしまっていた。
まったくもって大成功した作品のリメイクは難しい。

っていうか、一番楽しめるのは間違いなく小説ってことで・・・
(オススメ度:40)

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2018.05.25 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー

Avengers-Infinity-war.jpg



私がマーベル・シネマティック・ユニバース好きであることは
隠しようのない事実だ。
私はこういう子供じみた茶番が大好きだ。

繰り返しここでも書いてきたが、
そもそも原作は漫画だ。
しかも、大友克洋のような精密に描かれた「マンガ」ではない、
アメリカン・コミックだ。

完全にある一定の枠の中だけで世界観が完結しいて、
それは現実社会とはかなり乖離してしまっており、
実写化するにあたって、その荒唐無稽な世界観を、
いかにして現実社会にはめ込むのか。
それはかなりの難作業だといえ、観る方にある程度の妥協がないと
この世界観を真正面から受け止めるのは難しい。

そういった難しさに、ある一定の基準を与えたのが、
ジョン・ファブローが生み出した『アイアンマン』であり、
クリストファー・ノーランの『ダークナイト』シリーズであるわけだ。

それらは、荒唐無稽ながらも、現実社会の中で収められる
ある一定の基準の中で描かれており、
破綻しないようにできたからこそ、生み出された世界だと言える。

しかして、地球語を話す宇宙人が地球に現れると、
それらの枠は破綻の色を濃くしてしまう。

そんな破綻の予兆を、快く見過ごせるか否かで、
アメ・コミ実写版映画を楽しめるかどうかが分かれると思う。

つまり、私は快く見過ごせるタイプの人間なので、
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』に関しても、
楽しく観ることができた。
否、
かなり楽しく観ることができたと言った方が適切だろう。
つまり、かなりの良作、否、ひょっとすると傑作であった。

続編(題名は未だ発表されず)の公開が
来年(2019年5月3日より米国公開予定)に控えており、
インフィニティ・ウォーは『スターウォーズ・帝国の逆襲』のように、
続編への布石として存在している作品でもあるのですが、
果たして、続編と併せて観て完結する作品かと言えば、
実はそうでもない。

そして、ひょっとすると、私のような輩でなくても、
スター・ウォーズ』のように、誰にでも普通に
SF大作として楽しめることができるのではないのか?
との疑念が(期待も)沸いてくる。

Avengers-Infinity-war2.jpg

増えすぎた人口によって破壊されていく母なる地球を救うため、
人類を減らそうとする科学者や、億万長者が登場するのは
インフェルノ』や、『キングスマン』、『寄生獣』など、
ある意味近ごろ流行のストーリーとも言える。
今回ラス・ボスとして登場するサノスが、その考えを宇宙規模に拡大し、
宇宙全体の人類(知的生命体)の数を半分にしようと企てる。
それは強者の勝手な理屈でありながらも、あながち間違ってもいないと
観る者に感じさせるところに強力なリアリティが発生していて、
それはファンでなくても、規定された枠を理解(妥協)できるのではないのか?
これは誰にでも楽しめる映画なのではないのか?
と、ズッポシ首まで浸かってしまっている私に、
期待を抱かせてくれるものであった。

アイアンマンをはじめ、キャプテン・アメリカマイティソー、ハルク、
スパイダーマンガーディアンズブラック・パンサーなど、
登場するキャラクターは、
マーベル・シネマティック・ユニバースの10年という歳月の中で、
それぞれに単独作の中で成長を続けてきたものばかりだ。
それらの集合する作品が『アベンジャーズ』なので、
それらを観た方が今作もより楽しめることは間違いない。

なので、このテのアメコミ作品がお好みでない方は、
嫌々でも一応目を通しておいていただいた方が良いとは思うが、
もしかしたら、キャラクターのバックボーンやディテールを知らなくても、
今作は楽しめるのかもしれないと感じたはじめてのマーベル作品であった。

それは、バットマンのことをあまり知らなくても楽しめた
『ダークナイト』や、今までの歴史を知らなくても入り込めた
『スター・ウォーズ』と同じレベルにまで昇華されたことを意味すると思う。

今作はアメコミ作品に違和感をお持ちの方でも、
楽しめるかもしれないはじめての『アベンジャーズ』かもしれません。
(オススメ度:期待値を込めて〜80)
  

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

2018.05.18 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

サイモン&ガーファンクル

onlylivingboyinNY_2.jpg

先日紹介した映画『さよなら、僕のマンハッタン』の
原題は『The Only Living Boy in New York』で、
ご存じの通りサイモン&ガーファンクルの曲名
(邦題は『ニューヨークの少年』)で、
もちろん劇中曲としても使われている。

特に私世代の方でサイモン&ガーファンクルに
少なからず影響を受けた人は多いと思う。

そもそも私はダスティン・ホフマンの『卒業』を観て
サイモン&ガーファンクルを知ったのだが、
改めて調べてみると『卒業』が公開されたのは私が2歳の時なので、
私が中学生のときに映画館で観た『卒業』は、
一体何巡目のリバイバルだったのかもわからないほど話は古い
(当時はロードショウだと思っていた・・・)。
つまり、それだけで時代は巡るのだということを
私の産まれる1年前に登場した男性デュオの存在自体が
証明しているようなものだとも思う。

こういうのを「不朽の名作」とか「いいものは時代を超える」とか
言うのでしょうけれども、サイモン&ガーファンクルには
そういった定型文章だけで片付けられないような感慨があるし、
「懐かしいな〜」とか「あの頃を思い出すな〜」とか、
甘っちょろい話で片付けるわけにもいかない何かがあったりもする。

そうして、2018年のいまも、
1974年生まれのマーク・ウェブ監督によって、
サイモン&ガーファンクルは今一度、私の前に現れたわけだ。
ちなみに『ベイビー・ドライバー』もサイモン&ガーファンクルの楽曲で、
監督のエドガー・ライトも1974年生まれだ。

そうして再会したサイモン&ガーファンクルから、
この歳になって改めて感じられること、自分自身への新たな発見もあったりして、
この男性デュオは一体、何度私の心の奥底を刺激してくるのか?と、
勝手ながらも言わずにいられない。

onlylivingboyinNY_7.jpg

1981年に行われたセントラル・パークでの再結成コンサートの翌年、
サイモン&ガーファンクルは初来日を果たすのだが、
バイト代はたいて、しかもケータイなんてない時代に
家の電話で必死でチケットぴあに電話しまくって、
当時の後楽園球場(現:東京ドーム)まで
サイモン&ガーファンクルのコンサートを観に行ったことを思い出す。

onlylivingboyinNY_8.jpg

そんなことを思い出しながら、久しぶりにアルバムを開いたら、
そのときのチケットの半券と、後楽園までのキップまで残してあった。
几帳面な男だな〜おまえ!でも、その時の気持ちは、
しっかりと36年後の自分に届いたぞ!


  

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

2018.05.17 | コメント(2) | トラックバック(0) | 映画

レディ・プレイヤー1

readyplayerone_1.jpg



スピルバーグの最新作『レディ・プレイヤー1』。
スピルバーグのオリジナル脚本かと思いきや、
2011年に発表されたアーネスト・クラインの同名小説
(邦題『ゲームウォーズ』)が原作なのだとか。

内容や今作の魅力については、ほとんど想像した通りで、
意外性には乏しいとも言えますが、
そのぶん老若男女問わずにとても分かりやすい、
娯楽大作らしい娯楽大作。

経済の衰退、気候変動、治安の悪化に伴い、市民はおろか行政側までもが
現実社会に対して夢も希望も、再生する意志まで失ってしまった近未来社会。
人々は反対に欲しいモノがすべて手に入る仮想空間『オアシス』へ
文字通りの現実逃避を繰り返していた。
そのオアシスの創始者ジェームズ・ハリデーが死に際に遺した
勝者にはオアシスの所有権と5000億ドルが与えられるゲームが開催され、
大企業であるIOI社を含め、多くの者がまさに血眼になって
隠されたイースターエッグを巡り争っていた。
果たしてオアシスの覇権を誰が手にするのか?
死んだ大富豪ハリデーの真の目的とは?

昨今巷を賑わせているVRが主題で、ある意味旬なネタではありますが、
意地悪く言えば『マトリックス』、『アバター』の二番煎じとも言える。
悪者たちからの脅威が、仮想空間だけでなく、現実空間にも及ぶところも
同じっちゃあ同じだ。

でも、人と人との絆や、純真さを失わないことの大切さ、
そして、深い悪意を誰も傷つかないよう象徴的に描く巧みさなど、
やっぱりスピルバーグは流石だな〜と思わずにいられない。

何より、そんなふうに思えたスピルバーグ作品はかなり久しぶり
(個人的には『マイノリティ・リポート(2002)』以来)で、
私にはスピルバーグの復活作、もしくは原点回帰とも言える作品に感じました。

なので、『未知との遭遇(1977)』、
『インディ・ジョーンズ(レイダース:1981)』、
『E.T(1982)』など、“あの頃” のスピルバーグが好きな方なら
どなたでも満足できること請け合いの一作です。

そして、今作のベースに敷かれている日・米にまだがる
80'Sの空気感を生で体験してきた方、
あの頃テレビゲームに熱中した方ならば、
今作の中に散りばめられたお宝探しだけで、
上映中息つく暇もないほど忙しい(楽しい、そして懐かしい)
思いができると思います。
(ビデオが出たら、いちいち一時停止で
 所狭しと登場するキャラクターたちを端から端まで確認したくなるはず!)



そして、ご覧のようにメカゴジラとガンダムが、
重要な場面で雌雄を決するシーンなんてのも用意されており、
日本のポップカルチャー(またはサブカルチャー)が
世界に与えたインパクトの強さを
改めて実感するいい機会にもなると思います。

もちろん、お子様連れでも大満足の作品です。
(オススメ度:70)

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

2018.05.11 | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画

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Author:埼玉のへそ曲がり
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