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山女日記

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ポイズンドーター・ホーリーマザー』で
その仄暗い世界観に今頃になってハマってしまった湊かなえの小説ですが、
すでに多くの作品が発表されており、
これからしばらくは次に何を読むかで悩むことはなさそうだ。

(ただ、本屋であれやこれやと物色している時間も嫌いではないので、
 それはそれで良いのか悪いのかは考え方による)

前にも書いたが、湊かなえの小説のもつ陰鬱な暗さに惹かれたので、
次に読む作品も、もちろんめっぽう暗いのを。と思っていたのですが、
作者別に並べられた湊かなえの棚を行ったり来たりしながら、
目にとまったのは、意外にも短編集の『山女日記』であった。

相変わらず他人(特に女性)を見つめるその観察眼は鋭いままではありますが、
今作はどこにも陰鬱な部分は見受けられない。
むしろどこまでも爽やかな心温まる物語たちが紡がれている。

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「妙高山」
「火打山」
「槍ヶ岳」
「利尻山」
「白馬岳」
「金時山」

と、各話に付けられた山の名前は、
山好きなら一度は聞いたことがある山の名前ばかりだ。

でも、それらは舞台装置として想像しやすくするためのギミックでしかなくて、
読む者に「その山に登ってみたい」と思わせるような描写もなくはないが、
山や観光地を紹介するような文面にはほとんどなっていない。
だからこの小説ではその題名にそぐわず、それらはあくまでも背景でしかない。

描かれるのは、様々な悩みや課題を抱えた女性たちが、
雨が降ったり、霧がかかって景色が見えなかったり、
インスタントコーヒーが泣きたくなるくらい美味しかったり、
道具の大切さを地上にいるとき以上に感じられたりしてしまう
山という場所だからこそ向き合える、自分自身と真正面に対峙する姿だ。

結婚、不倫、友情、同僚、姉妹、親子、夫婦、そして過去と未来。

「来なければよかった」と、
後悔を伴うような苦しい山行の果てに、
気持ちの良い景色や、美味しい山小屋の食事に出会うように、
山頂までの行程で後悔や反省、自身の中で渦巻く疑念に関して逡巡し、
その先に希望というゴールを経て、人々は下山していく。

その逡巡の道筋に、湊かなえにしか見つけることのできない、
小さいけれど、決して捨て置くことのできない、
一人ひとりが抱える重荷が浮き彫りになります。

そして、今作でもそれらの逡巡が、決して他人だけのものではなく、
読む者一人ひとりに(男であっても)思い当たるものばかりで、
身につまされながらも、自身も答を見つけられるのではないかと
読み手にも希望が与えられます。

山ガールなんて言うと、イメージ先行の軽薄なブームにも見えかねませんが、
山と無関係に都会で暮らす女性たちが山を目指しはじめたのは、
そんな山の持つ浄化作用に、女性ならではの感受性が
自然と反応した結果なのだろうと、これを読んで思いました。

(今いる場所よりも標高の低い目的地の山頂を眺めながら)
「上を目指すのに、下を見ながら言うのって、おかしいと思いませんか」
「なるほど。でも、目的地は過去の中にあるのかもしれません」

かつて20歳そこそこでバブル経済に翻弄され、
その後の20年をそのときの価値感でしか生きられなかった
「バブルの残骸をまとった」女性が、
その呪縛から解放され、本当の自分自身に出会う「火打山」の話が
私は中でも一番好きです。

「火打山」はご存じの通り「妙高山」のお隣の山。
実はこの話は前話の「妙高山」と続きになっていて、
主人公は代わるが、登場人物もクロスオーバーしている。
つまり、登場人物たちは“縦走”している。
山は舞台の背景でしかないと言いましたが、
そんな山好きを喜ばせる仕掛けも散りばめられていて、
湊かなえという人がかなりの山好きであることが伺える。

山好きの人に悪い人は(たぶん)いない。

そんな人にあんな仄暗い世界が描けるのかと思うと
余計にこの人に興味が沸いてきた。

というわけで、次はいよいよイヤミスの女王、
湊かなえワールド全開の『ユートピア』を読まないとなりません。
  

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テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

2018.11.08 | コメント(0) | トラックバック(0) |

ポイズンドーター・ホーリーマザー

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いよいよ湊かなえの小説に手を染めてしまった。

映画『告白』や、『白ゆき姫殺人事件』を観ていたので、
なんとなく私とは相性良さそうな予感がしていたのだけれど、
完全に波に乗り遅れたと感じているへそ曲がりの私は、
他人から「あ〜やっぱり読むんだ」と言われるのが嫌で、
今まで湊かなえという作家を意図的に避けてきたのだが、
このタイトルのインパクトにはもう抗うことはできなかった。

私は知らなかったのだが、なんでも“イヤミス"というジャンルがあるらしく
湊かなえはそこで女王と言われているらしい。
“イヤミス"とは「読んだ後でイヤな気分になるミステリー」のこと。らしい。
つまり読書後の後味の悪さ、
下っ腹のあたりに居心地の悪さを感じるアレのことかと勝手に想像する。

そもそも私にとって、文学とは心の暗部や、
ポッカリと空いた空間を埋めるモノだったり、その空間そのものだったりするので
それをわざわざ「嫌な思い」という表現で表すのは違っているように思う。

そんな私も近頃になって『村上海賊の娘』など、
エンターテインメント色の強い小説も読むようになり、
そういった方面の小説を主に読まれてきた方の場合だと、
湊かなえが“イヤミスの女王"になってしまうことも分からなくもない。

そんな私にとって初の湊かなえ作品となる
『ポイズンドーター・ホーリーマザー』である。
そのタイトルだけでなく、これが短編集であったことも
今まで湊かなえを避け続けてきた私の背中を押してくれたように思う。

それはさておき、湊かなえの人間観察眼と、
そこから広がる想像力の逞しさには尊敬の念さえ抱いてしまう。

それも空想的な想像力ではなく、
現実に存在する、そして、どこにでもいるような人間の内部や暗部へ
深く深く潜っていくような観察力で、
そのすべての想像域に絶対的な現実感が伴っているところがすごい。

正義、悪意、国家、民族、宗教、そして家族。

人にはそれぞれの価値観があって、
どちらか一方の考えや主義・主張だけでは、事の善悪を計ることは決してできない。

誰かの正義は誰かの権利を奪っているのかもしれない。
誰かの愛は誰かを傷つけているのかもしれない。

そんな、誰しもが空気を読んだ気になって他人に押しつけてしまう
“余計なお世話”を、異常者や気の利かない人間がするのではなく、
ごく一般的で普通の人々がしでかしてしまう様を、
ごく自然に読む者の前に提示してくる。

でも、そもそも価値感が食い違っているのだから、
その双方の言い分を双方に納得させるのは、本来至難の業であるはずなのだが、
湊かなえという作家は、そんなすれ違いや矛盾点を、
誰の中にも眠る葬り去ったはずの記憶を呼び覚まさせることで、
とても簡単に、それでいて純粋に読む者に明示してくる。

独身のまま親の望むとおりに生きてきて、いまも実家で暮らす姉。
姉とは違い気ままに暮らし、異性に対してもあけすけな妹。
姉には厳しく言う母親も、そんな妹に対しては理解を示すフリをして
言いたいことを何も言うことができない。
そうしてできちゃった婚となり、出産のために実家に戻って来た妹は
姉の苦労など意に介さずに実家で暮らす姉を蔑むように虐げる。

他人の人生に介在したことで、
その人の人生に少なからず幸せをもたらしたと信じてきた人。
介在されたことで、実はその人に人生の歯車を狂わされていた人。

苦労しながら女腕ひとつで娘を育て上げ、
娘に亡き夫と自分の夢を託す母親。
それを、親に束縛され、謳歌すべき自由を奪われたと糾弾する娘。

どちらが正義で、どちらが悪であるのかを裁くことに、大した意味も価値もない。
誰もが犯してきたであろう善意という名の悪行への気づきを、
読む者に、それこそ「イヤというほど」ぶつけてきます。

というわけで、湊かなえという深くて暗い沼にはまっていってしまいそうです・・・
  

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

2018.10.18 | コメント(0) | トラックバック(0) |

アイネクライネナハトムジーク

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大分に行くとき、羽田空港の売店でこの本を買ったのは
その寸前まで『AX』を読んでいたからだ。

“恐妻家のスゴ腕の殺し屋” という興味を惹きやすい設定以上に、
その設定だからこそ描ける「家族愛」の話だと
最後の最後に気づける周到な伏線の張り方など、
読書でできるエンターテイメントを分かりやすく体験させてもらった。

そんなちょっと感謝にも似た気持ちもあり、
売店の棚で見つけたときには悩まずに買うことができた。
そして、この『アイネクライネナハトムジーク』もまた
そんな期待を裏切らない、もしかしたら更に上回るレベルで
読む人を惹き込む読み応えのある作品でありました。

元々は伊坂幸太郎自身がファンだった斉藤和義に
「出会い」に関する楽曲の歌詞を頼まれたことがきっかけで、
歌詞は無理でも短編なら、と短編の執筆を引き受けたのだという。
そしてその短編は『ベリーベリーストロング〜アイネクライネ〜』という
曲になり、そのシングルカットの際に書き下ろした短編を加えた
二作から着想した書き下ろしを加えた短編集が、
この『アイネクライネナハトムジーク』なのだそうだ。
斉藤和義の楽曲をネタにした部分も多く、
斉藤和義好きなら尚更楽しめる小説だと思います。

ただ、短編集とはいえ、個々の物語は有機的に結びついていて、
きちんとすべてのゴールになるように結ばれているので
短編集と言えばそうだが、書き下ろしの一編だと思った方がいいだろう。

それは映画の『ラブ・アクチュアリー』のように
多くの登場人物たちの個々の物語を描きつつ、その人物たちが
どこかでつながりを持っているオムニバスのような設えになっている。

そして、恋愛に関する物語であることも共通している。

さまざまな人々の恋愛に関する物語が、ウィンストン小野という
日本人初のヘビー級チャンピオンの活躍と紐付きながら、
彼ら自身、そしてその子どもたちに至るまで、
時空を超えて絡み合い、互いに影響しながら物語が綴られていきます。

ただし、あまりに登場人物が多く、
その人物がその後どこでどの人物と関係してくるのか、
それぞれがその後の物語の伏線を隠し持っていて
旧姓であったりすることも含めて名字をあえて伏せてあるので
余計に登場人物のつながりを覚えきれない。

加えて、現在、7年前、14年前など、
時間軸を同列に語られることもあるので、
尚のこと私のCPUの処理速度では追いつかないことも多く
せっかくの良い話がすんなりと入ってこないところは少々残念でありました。

今作も映画化が決定しており、
2019年秋に公開予定だそうです。
映画の紹介文を読むと、この本で私が好きな部分が
きちんと描かれているのか、かなり不安になる書き出しで、
私は観には行かないと思いますが、映画化されるほどなので
面白い物語であることは保証済みですかね。

言ったように300ページを超す一編の本なのですが、
各章ごとに読み切れる短編集であることは確かなので、
たまに開いて読みたいという方にも読みやすい作品だと思いますし、
何冊か同時併行して読まれる読書の虫にも最適な一冊だと思います。
  

テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

2018.10.11 | コメント(2) | トラックバック(0) |

伊坂幸太郎『AX』

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伊坂幸太郎の『AX』を読んだ。
私は『グラスホッパー』しか観たことがないのですが、
伊坂幸太郎の作品は多く映画化されていた。つまり人気作家だ。
ということを知ったのはこれを読み終えてからだったので
先入観なく読めたのは良かったのですが、
そのためもあり読み終えるのにだいぶかかってしまった・・・
3ヶ月以上かかってしまった。
私の本に対しての情熱にかなりムラがあるコトも確かだが、
それ以上にこの小説の中盤が中だるみして
あまり面白くなかったせいも多分にある。


文房具メーカーの営業マンの三宅は、
実は業界でも一目置かれる腕利きの殺し屋「兜」として暗躍していたが
家に帰ればカミさんにまったく頭の上がらない恐妻家。

といった話で、殺し屋という強いメンタルが必要な稼業に身を置きながら、
家ではほとんどカミさんに遣いすぎるくらいに気を遣いまくるダメ夫。
という極端に強めのギャップが面白おかしく描かれている。

ちなみに題名の『AX(アックス)』とは、
山で使うアックスと同じ「斧」のこと。
今作では『蟷螂(とうろう:カマキリ)の斧』つまり
「弱者が自分の力をわきまえず強者に立ち向かうこと。
 身の程を考えず強がること。」の意味で使われている。

雌のカマキリは受精後に栄養を付けるためにオスを食べてしまう
という話を聞いたことがあると思うが、
その話にもかけているネーミングだ。

うだつの上がらない恐妻家の話を面白おかしく描いていて
最初は飄々としたその文体を含めて面白おかしく読めていたのだが、
「空気を読め」と「空気を読まず」を同時に言い放ってくる女性に
怯える男の話がさほども楽しいと感じる男がそうもいるはずもなく
私もだんだんと胸ヤケがしてきてしまい、中盤で一旦離脱してしまった。

2ヶ月以上鞄の中で放ったらかしにしておいたのだが、
他には一切することがなくなってしまった外出中の空き時間に
「仕方なく」読み始めると、私が中断したその直後で
主人公の兜はビルから身投げして自殺してしまった・・・・

「あれ????」主人公だったよな????

中盤以降、兜が家族のために裏稼業から足を洗おうと奔走する様子と、
自殺から10年経ったあとで父の死因に不信感を抱いた息子の様子が
平行して描かれ、時空を越えた親子の絆によって果たされる「答」が
最後には明示されていた。

中断せずにあと2ページ読み進んでいたら、
そのままその日のうちに読み終えてしまったと思えるほど
そこから急加速で面白くなっていた。

ミーハーな私なだけに、
彼の多くの作品が映画化されていることを知っていたら、
胸ヤケをおこさずに一気に読み切れたかも知れない。
いやはや、途中離脱したことも含めて、面白い読書体験となりました。
こういうこともあるんだよな。

というわけで、ひきつづき伊坂幸太郎で、
三浦春馬主演で今冬公開予定の『アイネクライネナハトムジーク』
を今は読んでおります。こちらもまた面白い。
近々そちらもご紹介させていただきます。
  

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

2018.08.30 | コメント(0) | トラックバック(0) |

希望の国のエクソダス

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2020年に向け加速する東京の街は、
ほんの少しのあいだ目を離しただけで
見慣れていたはずだった景色までガラッと変えてしまう。
まさに浦島太郎の気分だ。

もちろんそれが悪いことであるわけもないのだが、
なぜこうも寂しい思いに駆られてしまうのかを考えると、
やはりそれは、時代に取り残される恐怖感に他ならない。

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先日、完成間もない住友不動産六本木グランドタワーにオフィスを構える
企業と打ち合わせがあり、おかげさまで
セキュリティが厳重であるが故になかなか中に入る機会のない
話題の最新ビルに入ることができた。

そのビルのエレベーターの床面積は10.55㎡、
なんと畳6.8畳分に相当する広さで、
なんでもシャトルエレベーターと呼ばれるらしい。

いろいろなことに無感情になってしまうオッサンでも
これにはちょっと度肝を抜かれた。
本当は写メを撮りたかったのだが、
残念ながら取引先の前ではできなかった。

黒いダイヤル電話からプッシュダイヤル電話、そしてワイヤレス電話機、
果ては携帯電話、スマートフォンと、電話だけとっても
これだけの変化を生き抜いてきた東京オリンピック生まれの私としては、
さすがにもう驚かされるようなことは残っていないだろうと
髙を括っていたが、どっこいそんなことはないようだ。

ちなみにこの真新しいビルのオフィスで打ち合わせた内容も、
横文字やら頭文字だけ組合わせたような暗号が並ぶ
私にはほとんどチンプンカンプンな商材で
よりその商材の利用者を増やすために私が雇われているわけなのだが、
私がその時代の先端を行く最新のサービスから
一番遠い場所にいる人種だったりする。

しかして、この時代に生きる人にはこれがスタンダードであって、
私の知る以前の世界の方が異次元とうことになるので、
やはり変わってしまったのは時代ではなく
自分の方だったということになる。

できれば時代が変わらずに、
私でも活躍し続けられる状態のままでいて欲しいという願望が、
変わりゆく街並みに対してつい「あの頃の方が良かった」と
通り一遍な理由を掲げて拒否反応を示してしまうのだろう。

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昔読んだ村上龍の『希望の国のエクソダス』は、
ある日突然、日本中の中学生が学校を捨てて独自のネットワークを立ち上げ、
彼らの広範囲に及ぶ機動力を駆使した独自のニュース映像サイトを皮切りに
ネットビジネスを次々に立ち上げ急成長していくという
かなり時代を先取った物語であった。

自らの職業訓練校を興すまでになると学校に行かなくても価値のある人間、
お金を稼げる人間を生み出しながら、ASUNAROと名付けられた
そのネットワークは北海道に広大な土地を購入し、
30万人規模で集団移住し、そこで「イクス」と呼ばれる地域通貨を生み出し
独自の経済圏を作り上げ、「日本からの実質的な独立」“エクソダス"を果たす。

そのとき中学生たちのリーダーだったポンちゃんは、
日本中の中学生を不登校にした首謀者とみなされ、
重要参考人として警察からも追われる身であったのだが、
ネット経由のビデオ答弁ながら国会答弁に引っ張り出されることになる。
そこで、国会議員(大人たち)にいたぶられるかと思いきや・・・

「生きるためのほとんど全てのものが揃っていて、それで希望だけがない時代に、
 戦後の希望だけしかなかった頃と殆ど変わらない教育を受けているという事実を
 どう考えたらいいのだろうか?」

「大人にも同情すべきところはあるし、
 バブル経済を反省するのはいっこうに構わない。
 許せないのは、意気消沈して、昔を懐かしがって愚痴をいうことです。
 昔はよかった。ものはなかったが、心があった。
 そんなに昔がよかったのなら、どうしてそのままにしておかなかったのですか?」


とか、とても中学生とは思えないようなことを言い放って
逆に大人たちをぎゃふんと言わせてしまう。
とても痛快な場面であるワケなのだが、現実社会では様々な規制緩和や、
自由化の波に人々は翻弄されていて、だからこそこの小説があったわけなのだが、
読んでいる大人全員がぎゃふんと言わされてしまい、
当時はかなり後味の悪い内容であったように思う。


そんなことをすっかり見違えてしまった大手町で思い出した。

「そんなに昔がよかったのなら、
 どうしてそのままにしておかなかったのですか?」


ついついあの頃に逃げたくなる気持ちでいっぱいになる今日この頃だが、
なんとかここに踏みとどまってやろうと、
改めて自分を奮い立たせてみようと思った。
  

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

2018.06.07 | コメント(0) | トラックバック(0) |

サラバ!

サラバ

西加奈子の『サラバ』を読んだ。
話題作だったこともあり、本屋で文庫本を見たときに迷わず買うことにした。
文庫本だと手が出しやすいのは、もちろんお値段の問題なのであるが、
『サラバ』は文庫本で上・中・下巻とつづく超大作。
3冊も買うとなるとお財布的にも大作だ。

そんなボリューム感とは裏腹に、中身は至ってフツーの生活が描かれていて、
こんなんで話が最後までもつんかい??と心配になるほどフツーの話が続く。

父親の赴任先であるイランで生まれた圷歩は、自由奔放に生きる母と、
それに対抗するように目立とうとする自意識過剰な三歳上の姉の貴子という
二人の女性に常に翻弄されて過ごしてきた。
できるだけ面倒を避けたい性格もあり、
自己防衛のために覚えた処世術と端正なルックスを駆使しながら
多感な幼少時代を乗り越えていったが、次の赴任先であるエジプトの地で、
ある日突然、親が離婚してしまう。
しかし、身につけてしまった処世術によって、
離婚の理由を誰にも訊けないまま大人になっていく歩。

そして、自己主張が強すぎるが故に、周りから疎まれ、
それによってさらにウザさを増していってしまう悪循環に陥った姉の貴子は、
最後は引き籠もりとなってしまう。

そんな姉や母から逃げるように、東京の大学に進学した歩は、
相変わらずの処世術で、当たり障りのない人生を送っていたが、
誰かに対する対処療法でしか行動の指針を立てられない自身を
どこか醒めた目で見つめながら、それ故に目標のない無軌道な人生に
迷い始める。

そんな主人公の独白で綴られるストーリーに加え、
地域のボス的存在だったおばあちゃんを教祖と慕う者たちが
勝手に作り上げた新興宗教「サトラコウコモンサマ」だったり、
巻き貝のオブジェに身を包んで都市部に出没しはじめた姉を、
前衛芸術家として世の中がもてはやしたり、
家族達の不吉な行動は、離れて暮らす歩にいつまでも降りかかってくる・・・


海外での生活であったり、新興宗教であったり、親の急な離婚だったり、
親が説明もなく出家しちゃったり、
決してフツーとは言えない状況もあるにはあるが、
作者が描きたいのは主人公の心模様の方なので、
物語の背景はあくまでも飾りでしかないと私は思う。

なので、主人公の歩の心模様がそういった特殊な背景に由来するように
描かれている部分がちょっと納得できない。というかスッと入ってこない。

特殊な出来事に翻弄されなくても、人生ってやつはややこしいものだと思うし、
どんな平坦な人生であっても、生まれいずる悩みってやつを
抱えて生きていくものだと私は思う。

とか思ってしまうほど、主人公に起こるフツーの出来事の描写が実に見事で、
まるで誰かの日記を読んでいるような、告白ともとれる文章には、
男女を問わず誰しもが引き込まれてしまうことと思う。

なので冒頭言ったように「これで最後までもつのか?」という心配は
下巻になって更に強まってきてしまうわけだが、
物語にカタルシスを与えようとちょっと無理して舵を切ったような
違和感を残したまま物語は幕を閉じてしまった。

主人公はあのまま何事もなくオッサンになっていった方が
良かったんじゃないのか?

異常だった姉が、あそこまで “まとも” になる必要はなかったのではないか?

不都合な状況を是正する力を加えずに、
そのまま放置して終わった方が「らしい」かったのではなかろうか?

フツーの描写が見事であるが故に
そのフツーという日常の異常性をニュートラルな状態に戻そうとした
今作のオチの部分は、逆に不自然な出来事であったように感じてしまった。

ただ、現実から逃れようとしたり、
臭いものに蓋をしようとすることは、誰だってしてしまうものだ。
そういった誰にでもある「後ろめたいこと」を真っ直ぐに捉えながら、
そして少し斜に構えた達観した文章で描いている部分は本当におもしろいし、
作者のもの凄い才能を感じさせる部分でもある。

言ったように、オチの付け方に関して私は腑に落ちていないのだが、
そこへと至る日常の切り取り方、伝え方を楽しむという意味において、
誠に小説らしい小説だと思いました。
  

テーマ:読んだ本の感想等 - ジャンル:小説・文学

2018.05.31 | コメント(0) | トラックバック(0) |

何者

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朝井リョウの『何者』は、
就職活動中の学生達の奮闘ぶりを描いた小説だ。
私自身も入社試験の面接官を務めるので、
学生達がどういった心構えや裏技的な準備を用意周到にして、
しかもどれだけの不安を抱えて臨んでくるのかなど、
興味深く読むことが出来た。


就職活動をはじめた、長く劇団員として活動していた主人公の拓人、
拓人の同居人で、就活開始と同時に学生アマチュアバンドを卒業した光太郎、
入学以来の友人で、留学経験もある、光太郎の元カノの瑞月、
瑞月の友人で、たまたま拓人・光太郎と同じマンションに住んでいた里香、
そして、里香の同棲相手の隆良、この5人で、時に対策をシェアしたり、
時に愚痴を言い合い、聞き合いながら、
それぞれの就職活動の進行を軸に物語は進む。

音楽活動に固執せず、自身の将来をシンプルに考える光太郎。
家庭の事情を抱え、自身の希望だけで就職先を決められない瑞月。
同じ劇団に所属していた盟友であるギンジが、自身が主宰する劇団を立ち上げ、
就職活動はぜずに今も積極的な演劇活動を続けていることに、
尊敬と軽蔑の両方の気持ちを抱く拓人。

そして、常に世の中を俯瞰して「誰かの言いなり」になることを嫌い、
物事を斜めに見ている隆良に、出来ることは恥も外聞もなく、
やり遂げようと決意するが、それが裏目に出てばかりの里香。

光太郎と瑞月はそもそも付き合っていて、
拓人は瑞月に少なくない感情を抱いて、
もちろん友人である光太郎への配慮もあって、
まっすぐに瑞月に向かえなかったり、
ただでさえ面倒な就職活動に、恋愛感情も複雑に絡んでくる。

そんなどこにでもありそうな、
就職活動における問題や悩みが展開されていくわけだが、
そんな仲間といえども、実はライバルであり、
蹴落としたり、成功を妬むべき敵であることもまた、隠しようのない事実。

そんな、すぐ隣にいる人間への尊敬と、それを認めるわけにいかない、
小さな尊厳がリアルワールドの裏側に潜むSNSの中で蠢き始める・・・・・

何者1



実は映画の方を先に観ていて、
面白そうだったので、原作も読んでみたのだが、
笑っちゃうくらい小説を忠実になぞるように作られていた。
それはこのキャスティングにも表れていて、
上手いこと配役したな、と心底感心させられるし、
役者の演技も原作の世界観とズレなく忠実で、つまりとても上手い。

なのですが、今作に関しては、
文字通りに「行間」を読める原作の方が数段面白かった。


言ったように、本作の主題は就職活動の悲喜こもごもを、
描いただけの群像劇ではない。

本音と建て前を使い分けながら、
自分らしくあろうとする「自分」と、あるべき「自分」を使い分けながら、
否応なしに、そんな「自分」を、ときに断固として、
ときに冷徹に否定されてしまう、就職試験という残酷な世界と、
冷静な観察者としての自分の分析力と表現力を、
見知らぬ誰かに認めてもらいたいと渇望する
ソーシャルネットワークの世界とを、
比喩として併行に比較し続けるところがこの作品の見所だ。

自分の夢を捨てずに社会に出ようとする者、
出ていく社会を非難しながら、適合したフリをしようとする者。

人の夢を「そういうの痛い」と笑う者。
人の夢を素直に「うらやましい」と言える者。

取り繕われた自分の本性を隠し、
理想の人材であると信じさせるという意味において、
確かに就職試験とSNSは似ている。

本当の自分を取り繕うとする者と、
等身大の自分を見つめ続ける者とが、
友人という枠の中で共存する姿を描くことで、
読む者にその是非を問う内容となっている。

「だって、短く簡潔に自分を表現しなくちゃいけなくなったんだったら、
 そこに選ばれなかった言葉の方が、圧倒的に多いわけだろ」

「だから、選ばれなかった言葉の方がきっと、
 よっぽどその人のことを表しているんだと思う」

「ほんの少しの言葉の向こうにいる人間そのものを、
 想像してあげろよ、もっと」

サワ先輩は拓人にこう告げる。

このセリフは140文字に制限されるSNSの世界と、
決められた時間の中で自己表現を求められる就職試験、
どちらにも当てはまる言葉だ。

誰かを悪く言ったり、下げることで、自分を上げて見せる、
もしくはそれによって自身の精神状態を安定させようとする行為は、
ネットでも現実でも最低の行為だ。

自分を誇張することもなければ、かといって卑下することもない、
他人を誹る(そしる)ことや、中傷することのない真っ直ぐな自己表現は、
リアルでも、ネットでも美しいということを、
この作品は説いているのだと思う。
  

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

2018.01.26 | コメント(0) | トラックバック(0) |

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埼玉のへそ曲がり

Author:埼玉のへそ曲がり
オートバイと
スノーボード。
近ごろ波乗り。

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