中村文則 『教団X』

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宗教は阿片だ。
と、『ヘーゲル法哲学批判序説』の中で説いたのはマルクスだが、
要は、宗教という存在は、薬にも毒にもなると、そういうことだ。

もちろんこの『教団X』も、その名の示すとおりに、
それがあからさまな毒として作用してしまった、
オウム真理教事件を土台に描かれていて、
国家の転覆を謀るテロを起こすところまで同じだ。

なので、カルト教団がなぜそういった行動を起こすのか?に関して、
さしたる説明はないし、読んでいる方も「そういうものだ」と、
言わずもがなの前提として読み始められてしまう。

だから、なぜカルト教団が国家の転覆を謀るのか?に関して、
もっというと、「彼らは一体何が不満なのか?」に関して、
私自身、よく考えたことはないことにも気づかされる。

今作は、そんな素直で単純な疑問へ、独自の見解と共に、
狂気に満ちた解答を提示している。

それは、「神の存在への挑戦」であった。

様々な逡巡の果てに「神の存在」へ行き着く者は多いが、
さらにその逡巡を「神とは何か?」にまで推し進めれば、
そこに答などないことがまた、更に大きな逡巡を生み出していく。

そこへの答に、科学的な見地を見い出したことで逡巡を終えられた「松尾」と、
そこから更に、その存在を “確認” しようとまでした「沢渡」という、
二人のカリスマが率いる、二つの「教団」の考え方に沿って、
神の存在をあぶり出そうと試みたのがこの作品だ(と思う)。

突如行方不明になった恋人「立花涼子」を探すために、
単身教団に乗り込む、無職の男「楢崎」から物語ははじまる。
教団Xの実質的なナンバー2である、
アフリカの紛争地域で生死の狭間を彷徨った男「高原」が、
実は「立花涼子」の異母兄妹であることを楢崎は知る。
しかも、二人は兄妹でりながら “恋人同士” でもあった。
そうしたどこにでもある恋愛感情のもつれから話はスタートするが、
次々に語り手はバトンタッチして行き、
ふたつの教団の内外にいる人間たちを追いながら、
最後にはその核心部に隠れる教祖の「思想」にまで到達していく。

一見、人間ドラマっぽくもあるのですが、
言ったようにこの物語の本質は、神の存在への挑戦にあるので、
そんな人間ドラマに付き合う必要は一切ない。

この小説においてのドラマは、言ったように、
二人のカリスマの、神への考察(これがまた長い)を読み込ませるための
プロットでしかないので、この際、無視して構わない。

神の存在を確認するために「教団」という団体を、
その存在が現出するであろう状況を生み出すために「信者達」を利用した、
教祖、沢渡の秘密結社、公安から暗号で「X」と呼ばれる宗教団体の物語。

そんな今作を読み終わって思うのは、
科学を読み解くほどの明晰さを持つ博識なのに、
結局「神は罪を罰するために現れる」という、
それはつまり悪魔崇拝でしかないという、
あまりにも稚拙な発想に辿り着いてしまっている点が、かなり、
か・な・り、残念だ。

発想が稚拙であることを横に置いても、
そうまでして渇望した「神の罰」の執行を待たずして執られた、
沢渡の最後の行動は、甚だ疑問だとしか言いようがなく、
まったく理に叶っていない。

ということに、600ページ近い本作中の2/3を読み終えた頃には気づいてしまい、
そのあと、大々的なテロが実行され、物語はいよいよ佳境へと向かおうとするのに、
すでにそこへの関心は薄まってしまっていた。
まだ200ページも残っているのに、これはかなり残念な仕打ちであった。


最近、このテの小説を読むと気になるのが、映画化の可能性だが、
神学的な要素を一旦外して、秘密教団のテロ行為を軸に
物語を再構築(再整理)して映画化したら、
そこそこ面白くなりそうな気もする。
その反面、『21世紀少年』のような失敗を辿る気もしないでもない。

『21世紀少年』で描かれたような、
マインドコントロールされた人々の描写には納得がいかないからだ。

たとえそれが狂信であっても、盲信であっても、邪教であったとしても、
宗教に囚われた人間が、薬物依存で目が曇った廃人のようになるはずがない。

その目的、理由がなんであれ、目的を得た人間の見せる気配や表情とは、
「自分探し」とか言ってる “平凡な幸福者” とは違って、
それこそ生き活きと、颯爽としているはずだからだ。

でも、ああでもしないと、単に「仕事だから」と、
今の状況を守ろうとする普通の人間の方が、
打倒すべき「悪」に見えてしまうであろうこともワカランでもない。

つまりそれは、阿片でも何でも、合法でも脱法でも、
人々に宗教が必要になってしまう、逆説的な理由の解明でもあるわけだ。

信じる者は救われる。

と、今作が描きたかったのは、そういうことなのかな?と、
思い至ってしまった次第。
これこそ作者の思うつぼだったのかな?

さておき、私の期待ほどには良い本ではありませんでした。
オススメ度:30。ブックオフで見かけたら読んでみてください・・・
  

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テーマ:読んだ本の感想等 - ジャンル:小説・文学

2017.06.22 | コメント(0) | トラックバック(0) |

peeps メガネ用 カーボン クリーナー

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メガネユーザーにとって、レンズの汚れは、
気にならなければ、まったく気にならないのだが、
ひと度気になり出すと居ても立ってもいられなくなる、
精神的な苦痛感がキツい、まさに大敵といえる問題だ。

しかも、この汚れがまた簡単には落ちてはくれない。
むしろ、汚れを広げてしまい、
何もしなかった方がよっぽどキレイだった。
なんてことにもなりかねない。

なので、メガネ業界からは、あの手この手の商材が出揃っているわけだが、
めだった汚れは取り除けても、曇りのような汚れは取りきれなかったり、
確実にキレイにすることはできても、作業が面倒で頻繁にはできないものや、
簡便だが、あまりキレイにならなかったり、
どれも帯に短し襷に長しで、決定打に欠ける。

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そんなお嘆きの貴兄に是非オススメしたいのが、
この『peeps カーボンクリーナー』。

そもそも、このレンズを挟んで、表裏同時に磨けるという意匠もスゴいのですが、
何よりスゴイのが、このバフ部分。

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カーボンが織り込まれているというファイバーバフは、
嘘か誠か、NASAの国際宇宙ステーションでも使用されているという逸品。
脂汚れだろうと埃だろうと、洗いざらい持って行ってくれる。
その仕事ぶりは、すでに感動的ですらある。
しかも、薬剤や水分など一切不要。マジにお手軽だ。

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ケースにそのバフをクリーニングする、パッドが設けられていて、
ケースにしまう度にバフの表面がリセットされる仕組み。

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柄の部分にはブラシも内蔵されていて、
クリーニング時にレンズに傷をつけやすい、砂埃を予め除去することも可能。
と、バフの秀逸さに加えて、もう至れり尽くせりのGOODアイデア商品だ。

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しかも、このおむすび型のバフのカタチが考え抜かれていて、
どんなカタチのメガネの端にも絶妙にフィットして、
フレーム際の磨き残しはまずない。こいつマジすげー。


  

テーマ:コレ、すごいよ! - ジャンル:ライフ

2017.06.21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 徒然

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Author:埼玉のへそ曲がり
オートバイと
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近ごろ波乗り。

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